栄光なき天才たち
    伊藤智義・作 森田信吾・絵  集英社ヤングジャンプコミックス 1987年〜1993年
   記録と人間のどちらが面白いか
 理科授業の余談に最もふさわしいのは、おそらく科学者の伝記である。
 日本の理科の教科書がつまらないのは、自然科学を築いていった人間の息遣いが聞こえないからだ。先人が長い時間と多くの失敗を重ねてつくってきたものを、あとからおいしいとこ取りをしてきれいにまとめたものは、わかりやすくはあっても感動的ではない。
 そう考えるようになって、科学史や科学者の伝記をボツボツ読むようになったが、短い時間の中で子どもに読ませられるものはなかなか見つからない。板倉聖宣さんの本でいいものはいくつかあるのだが、授業の余談として使うのにはちょっと難しい。本の紹介をするくらいが限界である。そうやって悩んでいるときに、このマンガのことを思い出した。
 このマンガには誇張も入っているので子どもに紹介するときには注釈が必要であるが、そのかわり余計な解説を入れなくても子どもは勝手に読んでくれる。メンデル、鈴木梅太郎(ビタミンの発見)、ハーバー(アンモニアの合成)、フォン=ブラウン(アポロ計画)など、中学理科向きの人物が目白押しである。科学者以外でも、ドルトン=トランボ(脚本家)、樋口一葉、円谷幸吉(マラソン)、佐藤次郎(テニス)など感動的な話が多い。
 このマンガで取り上げられているのは科学やスポーツなどの専門的な話ではなく、科学者たちの研究やスポーツの中の苦闘と、その人自身の人生の関わりである。ドイツが戦争に勝つために窒素固定法や毒ガスの開発をしたハーバーが、妻を失い、ユダヤ人であるという理由で国外追放になるというのは、科学者が科学だけでは生きていけないという当たり前のことを、説得力たっぷりに確認させてくれる。また円谷や佐藤が「国のためにするスポーツ」の重圧につぶされて自殺していくのを読むと、オリンピックの選手を単純に応援していていいのだろうかと考えさせられる。
 古い作品であるが古本屋には割とよく置いてあるし、文庫本で一部復刻されているので、小学生から高校生まで広く勧めたい。
 マンガによる伝記には名作がたくさんある。今は『まっすぐな道でさみしい』という種田山頭火の伝記(岩重孝作・モーニング連載)を読んでいるが、文学音痴・俳句嫌いを治すのにこれ以上のものはない。日本のマンガ文化というのはたいしたものだと思う。自分のマンガももっとうまくなればいいのに。(2004/7/7)

 原作者 伊藤智義さんのHP

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