李さんちの物語
   黄美那 戸田郁子訳 講談社モーニングコミックス 1996年〜2001年  全4巻
   ドラマよりリアルな韓国

 以前購読していた『モーニング』には、外国のマンガが割合多く連載されていた時期があった。ヨーロッパのマンガなど普段ほとんど目にしない作品を載せていたのは、この雑誌くらいではないかと思う。その中でも別格といえるほど面白かったのが、この黄美那(ファン・ミナ)さんのマンガだ。この人は韓国少女マンガ界のゴッド・マザーと呼ばれている人で、様々なジャンルの作品をかいているらしいが、モーニングに連載されたのは『ユニ』とこの『李さんちの物語』という、割合よく似た雰囲気の作品である。
 韓国ドラマがブームになっているが、日本でブームになっている韓国ドラマは生活臭があまりなく、面白いがきれいすぎる。普通の韓国人の生活はあんなものではないだろうし、リアルな韓国人のドラマがあれば、それはそれで深みがあって魅力的に映るだろう。このマンガはそういうリアルな韓国人文化の例をよく表していると思う。
 日本でも以前よくあった大家族(4世代15人!)の物語だが、ひとりひとりの人物描写がよくできていて読みやすい。日常のさりげない話の中にも、日本との共通点や違うところが見えるのが面白い。日本と韓国で目立って違うのは、儒教の影響、徴兵制、南北分断からくる歴史との関わり方といったところか。この物語では父親が非常にいばっているのに、その父親も祖母には頭が上がらないというのがいかにも儒教の国である。兵隊に出ている間の葛藤、北に別れてしまった息子を呼び続ける祖母………そして全体を流れるある種の悲しさは、作風もあるのだろうが、韓国映画と共通する「日本語で表現しきれない感情の波」である。これを"ハン"というのかどうかわからないが、日本でこれに比較できるものは何なのだろう。浪花節あたりではちょっと深みで勝てないなあ、という気もするが。
 とはいっても、全体としては若い人の恋愛話を中心としたハッピーエンドなのでとっつきやすい。逆に言うとつっこみが甘い気もするが、韓国初心者の日本人向けにはこれくらいでいいのかなとも思う。"ハン"については前作の『ユニ』の方が深いが、作者の思い入れが過剰な分だけ物語の世界に入りにくいところもある。インターネットで調べてみたが、黄さんの作品は日本では他に見当たらなかった。ぜひ日本語版の次回作を期待したい(今なら売れるよ〜)。
 長い目で見ると、韓国ブームの次に来るのはおそらく中国ブームだと思う。思想の違いがあるとはいえ、中国が国策として本気で映画やドラマや音楽をつくり始めたら、おそらく日本はかなわないだろう。あちこちにあふれているけれどわかりにくい made in china が、公然と中国らしさを見せながら日本に入ってきたとき、この国の文化はどうなるのだろうか。(2004/8/2)


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