司会の難しさ

 京都の理科の研究会に行った。今度は「概念形成と探求学習」についての研究会ということで、難しそうな話を予想して少々気合いを入れていたのが……駅から学校までが遠くてへばってしまった。
 会場は中高一貫の私立学校だったが、施設がすばらしい。研究会が行われたプレゼンテーション室には大型スクリーンがあって、大学の会議室並みだった。空き時間に少し構内を歩いてみたが、端々に豪華さが見える。大学との提携も十分されているようで、大学の見学やら教師の交流やら色々やっているようだ。同じ中学生や高校生が通うのに、公立とこんなに条件が違っているのはどうなんかな。これだけの施設が本当に中高生に必要なものならば、公立の学校にもこのくらいのものをそろえてほしいと思う。
 60人ほどの人が集まって始まった。学校の先生、教員を志す学生さん、教材会社の人、教育関係のライター、など。研究会は10時から6時まで休憩をはさんで8時間くらいで、話の素材そのものは興味深いものだったが、会はやや退屈だった。長時間の話だからこそ、時間の組み方や話し方についてある程度の計画を立ててほしい。流れに乗るだけで話すのは、素人ならまだしもプロの教師のすることとしてはちょっとなあ。いくら質疑応答があるからといっても、ひとりで8時間はきつかろう。
 司会の人はよくお世話になっている有名な理科の先生だったのだが、最初に「前夜だいぶ飲んで……」と言っていた(そんなん言わんときいな)。時間のコントロール・話の流れのコントロールをきっちりしてくれたら、もっと面白い議論になったんじゃないかな、と思いながら聞いていた。司会は交通整理だから、自分の意見を我慢しなければならないときもあるが、そういう意識はなかったようだ。別の人が司会をした方がよかったんじゃないかな。でも司会の人も教師なのだから、話のコントロールのしかたくらい十分わかっていてよさそうなものだ。ちょっとがっかり。
 「朝まで生テレビ」という番組があるが、田原総一朗はどう考えてもしゃべりすぎだと思う。司会としての交通整理と自分の意見をごちゃまぜにしてしまうのはこの人に限らないが、結果として番組全体が偏った感じのものになってしまう。あることについての専門知識があれば、それだけで司会ができるというものではない。意見を押さえ込むのでなく、自分の意見に走るのでもない、上手な司会というのがなかなか見られない。もちろん意見を言う側の問題もあるのだけれど、もっと司会の大切さをみんなが意識した方がいいんじゃないかなあ。
 ……あんまり非難する気もないのだけど、せっかく人が集まって頭を使うのだから、みんなのやる気をうまく引き出す訓練をオトナも子どもも意識した方がいいと思う。(2004/7/10)

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