2ヶ月の卒業

 はじめての個別指導は思ったより大変だった。最初のクラスは中学生3人だったが、3人とも進度が違うので3人分のメニューを用意して予習しなければならない。普通の一斉授業ならこちらであらかじめプランを1つ決めて授業を組み立てられるが、相手に合わせるとなると臨機応変にプランを変えなければならないので色々なパターンを想定して準備する必要もある。こちら側でテキストも解く問題も全部決めておけば楽だが、メニューを押しつけるのはもう1つ気が進まないし、自分ですることを決められるようにもなってほしかった。
 ……といっても実際にはしばしば「今日はこれやろうね」になってしまうのだが、普通の授業と比べれば子どもと相談しながら作戦を立てるのも気楽である。できるだけ子どもが自分のペースで勉強できるように、教えすぎないように気を遣う。3人なのに1人1人きちんと見切れない時もあるので、自習用にマンガをつくったりしたが、私のマンガ程度ではわかるようにはならない。マンガを使って口で説明しても、なかなか意味をわかってくれない。自分の技量のなさもあるのだが、1対1だと相手の気分の問題も大きい。もっとも普通の授業でも、クラスの中の1人1人は同じように「気分の問題が大きい」はずなので、それがたまたまよく見えているだけとも言える。色々な気分を持ったたくさんの子どもを相手にしていることを、普段クラスの授業をしていると忘れてしまう。勉強をあきらめてしまっている子に何を言えばいいのか。面白くないからやりたくないと言われたときにどう返すのか。クラスの中でなら一般論が言えるが、1人の子どもに対しては言葉がすべて「個性」を持つようで少しこわい。
 そんなにやる気がないわけではないのだが、2時間数学を続けるのはさすがにしんどくて、時々雑談をする。勉強の時よりよほどみんな生き生きしている。グチも多いが、夕食で家族とするようなたわいのない話をしたがる。
 ほとんど学校の授業を聞いていないらしい子に証明を教えることになったとき、迷った。この子に証明を教えても、実際にテストで証明が書けるようになるかどうかわからない。点数をとるという意味では能率が悪いだろう。角度計算とか確率とか、もっと解きやすそうなところを教えて自信をつけた方がいいのではないか? クラスの授業なら自分1人で鬱々と悩むところだが、ここは事情を話してどちらがいいか本人に聞いてみた。
 「証明をやりたい」

 ちょっと意外だった。しかしこの子は三角形の合同の証明から入って、平行四辺形の簡単な証明までいやがらずに解いた。以前つくった証明練習用のプリントが役に立ったが、それ以上にその子の前向きさは目を見張るものがあった。授業で解いたプリントをもう1枚渡して家で書いてきてもらったが、もとのプリントをほとんど見ないで書いてきた。中2の内容の中で一番やっかいな証明がここまでできるなんて、たいしたもんや。5週間ぶっ続けに証明をやったが、「証明が書けるようになった」という自信はついたように思う。この自信が後に生きてほしいが……
 4月から担当が替わることになり、最後の授業になった。3人ひとりひとりに簡単にメッセージを書いて、「先生が代わっても勉強することは何にも変わらないから、がんばってね」と言ったら、証明を書いていた子が授業の後で何やら紙に書いていた。最後まで落書きかなと思っていたら、書いたものをくれた。「今までありがとう」
 たった2ヶ月でもこんなふうに書いてもらえるのはうれしい限りだが、できるなら受験までつきあいたかった。これからがしんどい時期だろうが、自分自身と向き合うことから逃げないでほしい。私にとっては個別指導の第一歩をつきあってもらえて、お礼をあげたいくらいだった。みんなありがとうね。(2005/4/20)


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