タコのワタ、シカのワタ

 お昼の仕事をしようと思って、近所のお好み焼き屋のバイトをやってみた。生徒くらいの若い人に手取り足取りで教えてもらったが、体力が続かず事情もあって、結局4回行っただけでやめてしまった。(たくさん教えてもらったのに……スミマセン。バイト料もらわなかった分許して)
 最後の日にタコ焼きの仕込みを教えてもらった。冷蔵庫からタコを出して頭(胴)と足を切り離し、鍋で1分ゆでる。いい色にゆで上がったタコの頭を縦に2つに切って、中のワタ(肝臓か脳?)をとり、タコ焼き用の大きさにきざむ。1分ゆでただけで内蔵がほとんど「なくなって」いるのが不思議。解剖をしている気分になった(急いでやらなアカンのに!)。大学で解剖は色々やったがタコは知らない。鼻(くちばし)や目の感触は、直接さわってみないとわからないなあ。仕事をしながらこんなことを考えてしまうのは不届きなのかな。実際遅くて迷惑をかけてしまったかも……。でも勉強させていただいたようで、ありがたかった(教えてくれたみなさんありがとう。せっかく色々教えてくれたのにゴメンなさい)。

 翌日、今度はシカの解剖をしに奈良に行った。標本つくりのための作業で、消化器を取り出したいとのこと。お昼前に家を出て、近鉄奈良からバスに乗って奈良教育大学へ。ご指導いただく三上さんは小学校の先生で、この大学でも非常勤講師をされているとのこと。忙しそうだけど、現職の教師が教育大で教えるのは理想的とも言える。
 今回は小学校の授業で使うためのサンプルつくりで、草食動物と肉食動物の消化管を比べるためのものである。生の消化管を保存することはできないので、ソーセージのように中にシリコンゴムを詰め込んでレプリカをつくるのだそうだ。肉食動物は体長45cmくらいのものが多く、消化管を比べるためには同じ大きさの草食動物を使いたいので、シカの胎児の標本をつくるのだとか。まめだなあ。
 研究室で作業開始。奈良公園内で亡くなったシカの胎児(母親が病死・事故死したもの)を冷凍庫から出して解凍し、体長と体重を量ってからお腹を切って胃を取り出す。胎児をナマで見るのははじめて。背中の模様がはっきりしてもうすぐ生まれそうなものから、4cmくらいの見落としそうなやつ(それでもちゃんとシカに見える)まで色々いる。生まれる前に死ぬのはどんな気分なのだろう。
 こういうのに平気でさわれるのは、サボリ学生といえども大学でしごいてもらったおかげだ。反芻動物なので胃は4つあるのだが、胎児なのでわかりにくい。カッターでお腹のまん中から切り、横隔膜から下の内臓を切り出し、膵臓や脂肪とからまった胃をほどいて取り出す。慣れないので最初は手取り足取りで教えていただいた。手伝いに行ったはずだったのに、足手まといになってしまった?
 日曜日のキャンパスは人が少なく、外のテニスコートから時折歓声が聞こえるくらい。1人学生さんが来て自分の仕事をして帰っていったが、この作業を手伝う学生はいない。今は教育大学でも解剖はやらないのだそうだ。実際に小学校や中学校で解剖をするかどうかは別にして、理科を教える人間にとって解剖は貴重な経験になるはずだ。私のような人間がするより、これから教師をめざす学生さんに(ムリにでも?)手伝わせるべきではないかと思った。
 三上さんは最初私立学校で社会科を教えておられたのが、公立の小学校に替わられたのだそうだ。小学校で研究科目を決めるとき、興味があって理科にされたのだという。いわく「理科は民主主義を教えられる」。少数意見でも正しいことがあることを実験などで示せるので、意見を支持する人数にこだわらず1人1人の意見を大切にするような話し合いをしやすいのだろう。これは仮説実験授業でも言われることだが、私にはそこまでの実感がない。以前中学校で仮説実験授業をやってみたが、こちらの経験不足かそのような議論まで持っていけなかった。三上さんの言うことには共感できるのだが、自分にそこまでの授業ができるようになるのか、考えると不安になる。まだまだ修業不足かなあ。
 2時間あまりで4匹解剖した。最後に一番大きいやつが残ったので、消化管の端から端まで切ってみることになった。(本当にこちらの勉強のためにやっていただいているようで、ありがたかった)。舌のところから下顎を切り取り、食道の入り口を探り当てる。首を正面から切ると、掃除機のジャバラみたいな気管の裏側に食道が通っている。掃除機のホースがジャバラになっているのは、曲げたときに管が折れて空気が通らなくなるのを防ぐためだが、これはまさしく気管のためのしくみだ! 昔 誰かが気管を見て、掃除機のホースに応用したようにも思える。胸骨を正面から切って心臓と肺を取り出す。気管の入り口からストローで空気を入れてやると肺がきれいにふくらむ。腸間膜にくっついた小腸をほぐしていくが、これが面倒でなかなか進まない。腸間膜は小腸がねじれたり動いたりするのを防いでいるので、これがなければすぐ腸捻転であろう。実物を見ているとホントによくわかる。今度は食道から空気を入れると、胃から小腸にかけてこれまたきれいにふくらむ。根気がないせいか、ほぐしている途中で小腸が切れてしまったため、最後まで消化管を取り出すことはできなかったが、作業としては十分楽しかった。こんなの絶対学生がやらなきゃ。もったいないよ〜〜。
 裏庭に遺体を埋めた後、研究室に戻って今までにつくったレプリカを見せていただいた。魚からカエル・ヘビ・トリなど脊椎動物の消化管がたくさんある。気管から肺にかけてのレプリカ(肺胞の枝分かれぶりがよくわかる)や、生殖器のレプリカまであった。骨格標本は腐らないので割と見せやすいが、このような見せやすい形の器官系の標本は今までなかったように思う。空気を入れるので実際よりふくらんでしまうのが欠点だが、授業の中で色々な使い方が考えられるだろう。売れないかな、と思った。
 三上さんは「話し相手がいるとやりやすいです」と言ってくださったが、実際のところまったく役立たずで、こちらがお金を払いたいほど勉強させてもらった。また機会があればやってみたいな。……2日連続の"解剖"は、自分がナマモノにさわるべき人間であることを思い出させてくれた。子どもと自然にどれだけ謙虚に向かい合うかが理科教師の勤めだ。タコのワタもシカのワタも、食べられないが私にはとても刺激的だった。そのことを忘れないように……(2005/4/29)

 三上周治さんのホームページはこちら
 「三上先生の動物体験教室」レポートこちら



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