3ヶ月の卒業

 引っ越しすることになって、2月からお世話になっていた近所の塾を6月いっぱいで退職した。仁義として一度持った生徒は年度末までは責任を持ちたいと思ってきたのだが、今回は自分のことを優先して決めてしまった。
 4月からの個別指導の高校生クラスは、それまでの中学生とはうって変わってまじめ? で、やる気を出させるという意味での苦労は全くなかった。経験の長い講師の方と一緒にお仕事させてもらったので、不安もなかった。講師2人で6〜8人の生徒を見るのだが、生徒は概ね黙々と課題をこなし、質問もそれほど出ない。かなり説明しないといけない子もいたが、忙しすぎるということはなかった。もっとも依怙贔屓にならないようにバランスをとろうとすると結構神経を使う。以前の塾での質問会では並ばせたり生徒同士で教え合わせたりしていたが、そういうわけにもいかない。こっちを教えながらあっちの様子をうかがったり順番を決めて生徒のところを回ってみたり色々やってみたが、納得できるような方法は見つけられなかった。なんだかホストやホステスさんと似てるような気がする。水商売の人にコツを教えてもらえたらよかったかなあ。
 特にテキストが決まっているわけではないので、何を使ってどういうペースでやっていくかはじめに生徒と相談した。塾にあるテキストをコピーしてそのつど渡してやらせる方法もあるのだが、家で予習や復習がしにくいし、系統だって勉強するには自分のテキストを持っている方がいいかな……と思った。結局自分が相談した子たち(特に高3)の多くは、ほとんど学校のテキストをそのまま使うことにした。学校の宿題を塾でやらせて質問させる、というパターンも出てきた。学校の勉強をそのまま塾でやらせていいのかなという気持ちもあったが、余裕のない生徒に手を広げて色々させるより、高校での勉強をできるだけ完璧にすることを目標にした方がいいのではないか、と考えた。
 中学生相手の時はある程度その日の授業のイメージをつくって準備をしていたが、今度は生徒が何を質問してくるかわからないし、テスト前になると生徒が勉強したいものを勝手に持ってくるので、1人1人に合わせた準備はほとんどできなくなった。まあラクと言えばラクだが、その場のアドリブで対応しきれず(英語の質問で突っ込まれるとかなり不安)問題を目の前にしてうなってしまうこともあり、生徒にとっては効率が悪いんだろうな、と申し訳ない気持ちもあった。個別指導の給料が相対的に安いのは、生徒が少ないというのもあるのだろうが、授業そのものの効率が悪いからなのかな、と思った。もちろん優秀な講師ならそんなこともないのだろうが。
 授業中に問題を解いてばかりいられないので、なんとか予習をしたかった。高3の理系志望の2人は学校の問題集を解いていて特に手強い問題が多かったので、なんとかしたかった。1人の問題集(ニューグローバルβTAUB)は市販していなかったので、あらかじめ問題集をコピーさせてもらって授業の前に解いた。もう1人の分(数研出版のオリジナルTAUB受験編)は問題集を買って予習した。数研の問題集は解説が少ないので、彼の解いている問題(*印のついたA問題)については解説をつくり渡したが、この作業は彼より私の役に立った。数式エディタとしてカルキングJを買い、図形ソフト「花子」を併用して解説をつくったが、これだけでカルキングの基本的な使い方をマスターできたし、なによりも解説をつくるのは非常に勉強になった。彼にとってどれだけ役に立ったのかはいまいち自信がないが、問題集や参考書の解説をつくっている人の気持ちも少しわかったような気がした。(解説が欲しい方、実費でお送りします。ご連絡を)
 もっとも予習も善し悪しで、生徒の解いている問題がはなから全部"見えて"いると、こちらから口を出しすぎてしまうことも多かった。できるだけ向こうから質問してくるのを待つのだが、思わず「ここはこうやからこうすればいいでしょ?」と言ってしまうのが、我ながらお節介でかえって生徒のやる気をそいでいるようだった。前もって予習してきてもらって、塾で説明だけできればいいのだが、向こうにもそこまでの余裕がないし、こちらもそこまで説明する余裕をとれなかった。1対1の授業ならムリにでもそうさせていたかもしれないが……
 一方 学校の授業があまりわかっていない子には、教科書の問題を1つ1つ説明しながら基本を繰り返し練習させた。難しい問題はまずこちらがルーズリーフに解答を書いて説明し、同じ問題を半分写すような感じで解かせ、家でもう1回同じ問題を解かせたりした。自分でもくどいなあと思ったが、これで本人はけっこう自信をつけたこともあった。公式の意味や理屈を説明すると「数学って面白いねんなあ!」と言ってくれる子もいた。こういう楽しさは、受験に直面している高3より、プレッシャーがなく目の前の問題だけを見ている高2あたりの方がうまく味わえるようだ。「面白さがわかるのは、センスのある証拠やで〜〜」と言ってほめると、どんどん調子に乗って解いてくれる。中学生の時もそうだったが、こういう「理屈の面白さがわかる」生徒は、計算より証明問題を解きたがった。苦手な人が多い証明問題は、うまくいけば数学の面白さを味わいやすいものなのかもしれない。こういうことがわかるのも個別指導のいいところか。数学より化学の方が「面白い」と言われたのも、自分の経験の差の現れだったのかな。
 最後の授業で1人1人に簡単な手紙を渡したかったので、福岡から帰る船の中で12人分の文章を書いた。次の先生への引き継ぎとその手紙を持って最後の授業へ。生徒には最後まで言わないで、授業が終わってから「次から新しい先生になります」とだけ言って手紙を渡した。高校生はみんなクールで"そうですか"という調子だったが、数学で一番手こずっていた子は手紙をくれた。1通くらいもらってもいいよね。
 「私は今、とりあえず大学の推薦に困らないために勉強しておこうという気持ちがほとんどです。でも、先生が手紙に書いてくれたように何かをわかるようになる喜び、世の中の見方が変わる面白さを味わえるような勉強にしていけたらいいなという気持ちもできました。これがわかるようになったら勉強楽しくてしょーがないかな!?」
 この子の気持ちがこれからどうなっていくのかわからないが、テストのためだけの勉強にならないことを祈りたい。
 3ヶ月前には中学生3人を「卒業」させ、今度は自分が高校生から「卒業」したことになるが、短い期間でたくさん勉強させてもらった。生徒とふれ合う中で学んでいく力が自分の中にまだあるんだ、という思いを味わえたのが最もありがたかった。これでお金をもらえるのだからホントにいい商売だ。福岡でも塾の仕事を探すつもりだが、これくらいうまくいくといいのだけど……まあなるようになるかな。(2005/7/5)

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