福岡の薄味

 博多に引っ越して2週間たち、仕事も始まって生活が動き出した。1年以上通っていた場所なのでそれほどとまどうことはないだろうとタカをくくっていたが、実際に生活してみるとやはり違和感がある。
 50部屋近くあるアパートなのだが、表札を出している家があまりない。私が住んでいる階には12部屋あるが、表札を出しているのはうちを含めて3軒だけ。住んでいるのかどうかもわからない部屋もある。用心のためにそうしているのかもしれないが、近所に誰が住んでいるのかわからない方がこわいような気がするのは考え過ぎか。
 以前から福岡のテレビは時々見ていたが、ローカル番組がどうにも面白くない。もともと全国ネットの番組はほとんど見ないし最近のニュースは腹が立つだけなので、見るものがない。テレビを見ないのは本当はいいことなのだが、ストレス発散に多少はなんとかしたいと思って、妻と相談してケーブルテレビを頼んだ。注文して1週間ほどで工事が終わり、いきなり40チャンネルほど見られるようになった。毎日妻と2人でチャンネル表と首っ引きになりながら、アメフトと阪神の試合とアメリカドラマと韓国ドラマを見ている。妻は昔の日本ドラマや吉本バラエティを好んで見ている。放送大学とかディスカバリーチャンネルとかヒストリーチャンネルとか、真面目に見ればおそろしく勉強になりそうなのもある。このままでは逆にテレビの中に埋もれてしまいそうだ。
 福岡のローカル番組の内容がどうというのではなく、話を聞いていても淡泊で味を感じないのだ。誰がしゃべっていても全部同じように聞こえる。これは要するに私が、関西風のしゃべりに慣れてしまっていて「薄味」になじめないからだろう。大阪では最近はメッセンジャー黒田(漫才師)の出る番組をよく見ていたが、彼と周囲とのやりとりは内容にかかわらず漫才そのもので面白い。他の番組でも関西ローカルは話の中身が"濃い"感じがする。名古屋から関西に来て20年以上すごしているうちに、このような味の濃さに(妻の洗脳もあって)慣らされてしまったのだ。しかしそれにしても、福岡でももう少し"濃い"番組があってもいいと思うのだが…… 黒田君の出ている「2時ワクッ!」(ワープロで打ってみると、この番組のタイトルもいかにも関西風だと改めて思う)は宮崎や鹿児島や熊本では放送されているのに、福岡など九州北部では流れていない。前に見ていたたかじんの番組も、中国地方まではいくのだが九州では放送されていない。どうも福岡では関西のノリとは違う何かがあって、それが関西の文化を拒んでいるようにも見える。
 薄味と言えば、ささいなことだが冷麺の味つけが関西とはまったく違う。関西の冷やし中華はゴマ油と酢と砂糖を混ぜた甘酸っぱい味なのだが、こちらでは酢も砂糖も入っていない。普通のラーメンをそのまま冷たくしたような味だ。近所のスーパーでインスタントの冷麺を買ってきて食べたのだが、最初はビックリした。外で何軒か食べてみたのだが、関西と同じ味つけだったのは1軒だけで、どうも福岡の標準はこの「薄味」らしい。まずいわけではないが物足りなくて、冷麺好きとしてはちょっと寂しい。たしか名古屋の冷麺も関西と同じ味つけだったので、こちらはもしかすると福岡(九州?)が独特の味つけになっているのかもしれない。こうなったら自分でつくるしかないか。
 地方によって人の暮らし方が違うのは当たり前だが、実際に引っ越してみるとその違いが生活の中に「押し寄せて」くるようで、否応なしに思い知らされる。18才で名古屋から京都に移ってきたときもカルチャーショックはあったし、関西の文化になじむのにはずいぶん時間がかかった。あれから20年以上たった今、新しい土地の文化に自分を合わせていけるだろうか。せめてテレビにしても冷麺にしても、もう少し選択肢があったらいいと思うのは、ゼイタクだろうか。札幌ラーメンの店が多いのが不思議だが、同じように関西風や東北風の店(味)も、そういう風味のテレビ番組もあっていいように思う。そのような多様性を追求すれば、大阪などより「国際的」都市になるのではないか?
 自分の暮らしてきた場所に愛着を覚えるのは、その土地の魅力ももちろんあるのだろうが、違う場所になじみ直すのがしんどいという意味も含まれているのかもしれない。愛国心とやらも、心理学から分析すればそういう一面を含むだろう。尤もこれは受け身の考え方であって、主体的に言い直せば「私たちが福岡の中で新しい味つけをつくっていくのだ」という構え方もできる。福岡が国際都市だというなら、そういう度量の広さはあるはずだ。しかし今の私にそんなパワーがあるか?(2005/9/13)


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