故郷を失う

 福岡に来てもうすぐ1年になる。大阪には妻の実家があって、妻の兄夫婦が子どもたちと住んでいる。結婚してから昨年夏まで10年あまり、その家の離れに住まわせてもらっていた。築100年を越えようかという古い家で、昔使っていた井戸や広い庭がある。区画整理で庭が整理され"庭園"的になる前は、毎年ウグイスが来て鳴いていた。最近でもヒヨドリがよく来てうるさいくらい鳴いている。数年前まで入り口はおもりのついた古いしかけの木戸(開けると勝手に閉まる)で、初めて見た私には時代劇のセットのようにも見えた。遊びに来た私の友人は異口同音に「すごい家だね」と驚いた。私は別に庭つきの家に憧れていたわけでもないが、さすがにこれだけの家に住む機会はないだろうな、くらいに考えていた。離れの入り口近くに植えたキンカンも随分大きくなった。
 1ヶ月前 その義兄から、妻にメールがあった。経済的な事情で不動産を整理し、家も小さいものに建て替えて土地を売却したいという。妻にとっては生まれてから40年以上住んできた、文字通り故郷である。お金のことなのでどうしようもないかなと言いながら、あきらめられない妻は1泊2日のとんぼ返りで大阪に帰り、兄夫婦と話をして帰ってきた。そんなにガックリした表情でもなかったが、やっぱり先方の事情でしかたがないということだった。それから1ヶ月、妻は普段はそれほど変化がないが時々落ち込んだ顔で「どうしようもないのかなあ」と言う。最近は風水の本を買ってきて、お金が貯まるようにと植物を買ってきたり寝る向きを変えたり、宝くじを買ったりしている。

 私は高校卒業まで名古屋で両親と妹と暮らしてきた。引っ越しが多く、同じ家に10年住んだことがなかった。名古屋で高校卒業まで暮らしていた天白のマンションには3年半住んだが、その後も帰省したり父の最期を看取ったり、この家での思い出は少なからずある。父が亡くなってから数年して、義母から「家を建て替えたい。今のマンションを売るか貸すかしたい」と言ってきたとき、私は特に反対しなかったが、少し複雑だった。
 父が亡くなってから義母との間はうまくいかず、家にもあまり帰っていなかった。義母は父との思い出がつまっているマンションに住み続けるのが耐えられなかったのかもしれないが、本当の気持ちはよくわからない。マンションは向こうの名義だしどうしようが勝手なのだが、名古屋での最後の家族の時間を過ごした場所がなくなってしまうことには、さすがに「故郷を失う」ような感覚を覚えた。
 私自身の故郷への思いはこんな感じであるが、暮らした土地への愛着がないというのもウソになる。もっとも、名古屋は育ててくれた場所ではあるが、色々な理由でどうしても好きになれなかった。生まれ育った土地よりも、18才から10年間自分で選んで暮らした京都の方が"故郷"に思える。名古屋も京都もどんどん町並みが変わり、行く度に風景が変わっていくのは同じだが、名古屋の場合はさして気にならない変化も京都の場合はこたえる。いつかこの町に帰りたい、もう一度ここに住みたいと今でも思う。それは最も多感な時代を過ごした風景や、今でもそこに住んでいる人たちが、自分を迎え入れてくれるような気にさせるからだ。
 しかし妻が大阪の実家に持つ郷愁は、私の感覚とはずいぶん違うはずだ。妻が生まれ育った土地や町や家、それらの背負っている歴史や記憶への思いは、無意識の部分まで含めて、私などよりよほど強いだろう。私の事情で福岡に来てしまったが、そしてあの家が妻の名義でないことも事実なのだが、妻の帰る家はやはり今でも大阪の実家なのだ。故郷を追われた難民と比べるのは大げさかもしれないが、それでもやはり故郷を失うことの大きさは、故郷を愛する者ほど大きいに違いない。郷土を愛する心などというものを教えたいのならば、こんな喪失感を味わう人間の思いをきちんと拾い上げてもらいたい、とも思う。
 これがもし他人事なら、過去の記憶にしがみついても仕方ない、新しい家(土地)でうまく生きていくことを考えよう、とか言うところだろうが、目の前の妻にそこまで言い切る勇気がまだない。そもそもこんなことは言葉だけで納得できるものではないだろう。結婚当初に見ていた朝ドラ「ぴあの」で、古い家にこだわり続ける竹下景子の思いが理解できなかったのが、今になってみると無知だったんやなあとも思う。
 福岡に来て1年足らず、好きにはなれないがとても便利なこの街にいつまでいることになるのか、まだわからない。もしかしたらズルズルとここに住み続けることになるかもしれない。結局(京都も含めて)本当の意味での土地への愛着は、私にはないのだ。こんな人間が妻に言えることは、何もないのかもしれない。
 お盆に帰る予定だが、妻が実家の思い出に浸って、故郷を失う痛みに直面するのを見るのはつらい。でもそんな妻の思いにつきあうのが、つれあいとしての最低限の仕事だ。改修したときに捨てられるのがしのびなくて、例の木戸を離れの入り口に置いてある。できるなら壊される前に、あの家を支え続けたものたちに「ご苦労様」を言って、ゆっくり休ませてあげたい。昔の私にはなかったこの感覚を教えてくれた妻は、やっぱり"天才"なんだなあ、と思う。(2006/8/2)


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