イチローはマリナーズに勝てるか?

 日本もアメリカもプロ野球は大詰めだが、シアトル=マリナーズは今年も最下位で終わってしまった。昨年よりも勝率はよくなっていて、夏場の一時期はかなりいいところまでいったのだが、終わってみれば3年連続の4位。イチローも城島も悔しかろう。
 日本での日本人メジャーリーガーのニュースは、たいてい「イチローは○打数○安打、○盗塁……なおマリナーズは○対○で負けました」という順番で情報が流れるが、この流し方ではイチローファンは満足しても大リーグファンは不満だろう。野球はチームスポーツであって、勝敗が第一である。何安打しようが試合に負ければ悔しいし、ノーヒットでも勝てば「まあ次打てばいいさ」と平気で言えるだろう。イチローほどの打者であっても、個人成績の価値がチームの成績によって左右されることは否めまい。
 投手であれば、完封して自分でホームランを打って「1人で勝つ」という方法もあるだろうが(日本ではそんな投手がかつていたが、メジャーでいたかどうかは知らない)、外野手ではどんなに優秀でもそれは不可能だ。城島のような優秀な捕手でさえ、投手力が弱ければどうしようもないだろう。
 では自分の成績にかかわらずチームが負け続けるときは、どうすればいいのか。イチローの発言の中には、低迷を続けるチームへのいらだちと、試合を見に来るお客さんのために「せめて自分のプレーや記録を楽しみにしてほしい」という彼なりの気遣いが見られる。エンターテイナーとしてなら模範解答だろうが、野球選手としてはこんな言い方はやはり悔しいだろう。
 データを見ると、イチローの打率や安打数はチームの年間成績とあまり関係がない。シアトルの1年目を除くと、チームの勝率と打率・安打数には相関がほとんど見られない。3年目でいきなり200本安打を達成した1994年にはオリックスは優勝していないが、打率も安打数もそれより減っている1995年と1996年には連覇している(1996年には日本一)。また自身の最高打率を記録した2000年はオリックスは4位であり、メジャー記録の262安打を達成した2004年にはマリナーズの勝率は4割を切っている。これは前出の「チームが弱いからせめて自分の記録を……」という考え方の証明かもしれないし、だとすればイチローはたしかに"普通でない意味で"優秀な選手である。
 チームの成績と関係あるように見えるのは、盗塁数だ。グラフで見てわかるように、盗塁数が多くてもチーム成績がいいとは限らないが、チームの勝率がいいときはほぼ例外なく盗塁数が多い。オリックスでもマリナーズでも、それぞれのチームで最多の盗塁数を記録した年(1995年と2001年、盗塁王をとったのもこの2年だけ)に、チームの最高勝率が達成されている。盗塁がチームにどのような影響を与えるのか、1安打と1盗塁のどちらが勝つために役に立つのか、素人の私にはわからない。しかし数字だけを見ていると、彼は首位打者よりも盗塁王をめざすべきではないかとも思える。それでチームがより多く勝てるのならば、ファンは彼にヒットよりも盗塁を期待するべきかもしれない。
 どちらにしても、チームの勝利のために貢献するのがスポーツ選手の本来あるべき姿であり、その意味ではどれだけ記録を作ろうが、イチローは未だにマリナーズでの自分のあり方に満足していないに違いない(もしそうでないなら、彼はもはや「野球選手」ではない)。彼はマリナーズを"勝てるチーム"に変えられるだろうか。かつてプレーオフで敗れたヤンキースに、再びプレーオフで雪辱を果たせるだろうか。それが果たせたとき、イチローははじめて心から笑えるだろう。今の彼が勝つべき相手は相手チームではなく、シアトル=マリナーズそのものではないだろうか。(2006/10/9)


 この前発売されていたNumber665号にイチローのインタビューが載っていたが、そこにはこう書かれている;
 「150本のヒットしか打てなくて、チームがワールドシリーズに勝っても、つまらないでしょうね。僕はそう思います……」
 世界一になれなくても、200本のヒットが打てればいい、と言っているのではない。世界一になるために、200本のヒットが打てる自分であることが先に来ると、イチローはそう言っているのだ。(92ページ、文章は石田雄太氏)

 しかし「先に来る」という考えそのものが、すでにイチローが"野球選手"から"ヒットマニア"になりかかっていることを示している。そのような考え方の選手は少なくないだろうが、私は敢えて、それはもはや芸人であってスポーツマンではないと言いたい。考え方がおかしいとかレベルが低いとかいうのではない。感動の意味が違うのだ。彼はテレビや舞台で笑いをとる一流芸人と同じだ。だから飽きられないために進化するしかない。イチローは常に「新しい挑戦」という刺激を求めている(92ページ)という文章は、はからずも彼のそのような一面を表している。そして今のままなら、1年に400本ヒットを打っても、スポーツマンとしてのイチローの価値は上がらないだろう。彼は「野球芸人」のまま終わってしまうのだろうか。(2006/11/6追加)

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