文化祭のはしご

 塾の生徒に呼ばれて文化祭に行った。
 8時に家を出ていつもの鹿児島本線快速で東郷駅へ。駅から10分ほど坂を上ったところにH中学がある。学校の入り口あたりでは保護者の方が食べ物の炊き出しをしておられた。教育大の学生も何人かいたが、教育実習なのかな?
 体育館に入るとちょうどはじまるところだった。文化祭の準備をしている生徒の写真をパソコンで編集して映し出すオープニング。生徒のアップが映るとみんな笑う。凝ってはいるけど無理やり作ったような印象もある。ブラスバンドの演奏を聞いてから中3のクラス別演劇を見る。オリジナルの脚本でやっているのだが、笑い路線とまじめ路線が微妙に混ざり合っていて、ヘンと言えばヘンだが面白い。お笑いで突っ走っていた話が最後になって「人間を殺そう!」というオチになったりする。脚本は生徒が書いているのだが、教師はどれくらい指導しているのだろうか。演技はうまいとか言う以前にセリフが聞き取りにくく、テスト明けでしかたないのかもしれないが練習不足を感じた。去年の教え子で抜群にうまい子がいたが、個人のやる気任せになっているようだ。自由にやらせるのもいいが、演技の基本くらい教師がヒントをあげた方がいいように思えた。
 劇に出ている生徒の顔は遠くてよくわからないが、すぐ前で劇を見ている教え子の表情はチラチラ見えた。塾と学校では全然違う顔をする子どももけっこういる。塾では甘えたがりの子が学校ではしっかり仕切っていたり、塾で無表情な子が学校では明るかったり。色々な場所での子どもの顔を知っていると、自分の"武器"になるような気がする。人間観察をもっと練習したいのだが、勉強の仕方がまだよくわからない。
 2つ劇を見てから学校を出て駅に戻り、タクシーを拾ってもう1つの中学校に行く。山手から海に向かう田んぼの中の県道を走る。宗像大社を通り越し、見晴らしのいい場所にG中学校がある。学校に着くと午前の部が終わったところでお昼休みに入っていた。さすがにお腹が空いたので何か食べようと思いながら校舎の中を歩いていくと「先生〜〜!」と中3の子たちから声をかけられた。ちょっと恥ずかしい。「なんか食べたいんだけど、どうしたらいいかね」「事務のところで券を買うんだよ」大きな男の子がドーナツを差し出してくれるのを断りながらチケットを買い、300円カレーを食べた。ここも保護者の方が中心になって炊き出しをしておられた。自分に子どもがいたらこういう場所に手伝いに来るわけか。親御さんはどんな気持ちでカレーをつくっているのだろうか。想像してみたが、わからない。
 昼休みの間に教室展示を見た。美術や社会科の作品展示はなかなか面白かったが、窓からのぞいた中3の教室の掲示物に目が留まった。12年前、1年だけ持った中1のクラスで、クラス運営を考えて色々な掲示物をつくっていたことを思い出した。クラス担任から見れば、この掲示物のいくつかは生徒の"生きている証拠"そのものだろう。私も教えている子どもたちの息遣いを担任の先生がこの場所で独り占めしていることに、うらやましさを覚えた。こんな勝手な思いを抱くくらいなら、学校を辞めなければよかったのかな。それとも私には、そんな資格がなかったのだろうか。
 一通り校舎を見て回って、校庭に出ると男の子がサッカーをしていた。校庭のとなりはもう雑木林の山だ。海に近い、いい風の通るいなかの中学のグラウンドで、砂埃を立てながらボールを蹴っている子たちをボーッと見ていた。昨年行ったH中学の文化祭でも、昼休みに男子が野球をしていた。文化祭の企画よりも昼休みの運動の方が子どもにとって魅力的なのではないか、と思った。学校の先生はこの光景を見てどう思うのだろう。……見ているうちに体を動かしたくなって、混ぜてもらった。すぐに時間になって終わってしまったが、久しぶりに蹴ったサッカーボールの感触は気持ちよかった。
 午後は体育館で全校生徒による合唱コンクール。クラスごとに2曲ずつ歌う。自作曲も入っているのだが、誰かの手が入っているのではないかと思えるくらいよくできていて、力が入っているのがわかる。3年生はさすがに下級生とは声の迫力が違っていた。音楽としてうまいとかいうのではなく、音が迫ってくる感じだ。審査があって上位クラスは宗像市の文化連合会とかに出られるというので張り切っているらしいが、そんなことに関係なく「歌うことの楽しさ」を思い切り味わってほしいと思った。
 塾の授業があるので合唱が終わったところで学校を出た。バス道まで田んぼの中の道を歩く。玄界灘が近い、山と田畑に囲まれたこの場所には不思議な魅力を感じる。普段塾で見るよりも、この場所にいるこどもたちには"たくましさ"を感じた。……といってもそれは外部者の目でしかない。都会生活に浸っている私が田舎への憧れを言ったところで何の説得力もない。では実際にここで生きているこどもたちはどうなのか。この子たちが大きくなったとき、ここで育ったことの意味をどう感じるのだろうか。漁師町でもあるこの場所で、漁師を継ぐ子どもはどれくらいいるのだろうか。おそらく多くの子がこの場所を出ていくのだろうが、それは今までの自分の生活を否定的に捉えることになるのだろうか。……そんなことも考えながらバスに乗って駅まで戻った。
 文化祭のなかった1人だけを相手にした授業は、申し訳ないが頭の中のどこかが上の空になっていた。色々な場所での子どもを見ることそのものが、教師にとっては勉強だ。"猛勉強"のしすぎで疲れたのだ。これくらいで疲れてしまう私が学校で勤まらなかったのは当然なのだろうか。でもこの勉強がいつか子どもへの糧になることを信じたい。(2006/10/23)


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