塾の最後の1日

(2008年3月13日) 前々回前回の続きです

 塾の本格的な片づけは3月14日のはずだったのが、昨日13日の昼に電話がかかってきて「今日ゴミ処理の業者が来るので荷物の整理に来てほしい」と言われ、あわてて宗像へ出かけた。

 自分の荷物は前から少しずつ片づけていたので20分ほどで整理が終わり、後は塾の中のものをどんどんゴミとして出す作業が続いた。問題集やプリント、古い本棚やパソコンや食器など、ゴミ収集車がどんどん砕いていく。バリバリという音は悲鳴のようだ。
合格者の掲示をはがし、ドリルを使ってホワイトボードをはずし、机といすだけが残った教室は見られたものではなかった。翌日には間仕切りなどをすべて壊すという。

 夕方になって、一昨日学校をサボった4人のうち××君以外の3人が塾に来た。ガラガラになった職員室で話をした。
もう一度その日に何をしていたか聞き、○○君には△△先生にあやまるように言い、その後3人に簡単にお説教をして帰した。もうこちらもあまり怒る気もなくて、打ち上げにも来ていいよと言った。

 2月後半から塾を休んでいた□□君にも電話をして呼び出し、最後に書いた手紙と打ち上げの案内を渡した。前と同じようにうつむいた彼は、打ち上げに行くとも行かないとも言わず、無口なまま自転車で帰っていった。

 昨年卒業した高校生が彼氏つきで遊びにきたりして賑やかになった頃、××君が来た。他の子から連絡をもらったようだ。ここを使うのは最後になるかな、と思いながら教室で話をした。
「……先生、すみませんでした」
「嘘をつく癖を何とか直さないと、高校に行ってから通用しないし、オトナになっても何にもできないよ。それだけは覚えとき。打ち上げに行きたいか?」
「……行きたいです」
「ならみんなで行こう。もうこのことをひきずりたくないし。最後はみんなで楽しんで終わろう」


 彼は数学がうまく解けなかったらしい(今年の数学は難しかった)が、そのことにはもう深く突っ込まなかった。
 私は今でも、彼をこんなふうに許すのが彼にとっていいのかどうかわからない。「彼は落ちた方がいい」という気持ちもまだある。そんな感情を飲み込んでこんなふうにあの子たちと話したことが、彼らにとってプラスになるのならそれでいいのだけど。

 夜には最後の中2の授業があり、1年目の若い先生の授業を見学した。彼は少々緊張していたようだったが、昨年初めて見た時とは見違えるように落ちついて教えていた。私はこういうときは文句言いで「もっとこうした方がいい」とか山盛り書くことが多いのだが、文句をつける余地がほとんどなかった。普段休み時間ははしゃぎっぱなしの生徒もしっかり問題を解いていて、驚いた。
 彼は1年間、塾長自らの授業研修を受け続けてきた。しんどかったろうが、その時間の積み重ねがムダでなかったことを、彼はこの塾での最後の授業で見事に証明した。
 おそらくこれで引退するであろう塾長が今まで培ってきた技術や精神は、まちがいなく彼に受け継がれたのだ。それは何より塾長にとって最高の幸せだろう。

 授業見学が終わり、上司に塾のカギを返し、私は最後の授業が終わる前に先に帰ることにした。
 2年半通い続けたこの建物にもう入れない、もう子どもも2度と来ない、そう思うと不思議な気持ちもしたが、悲しいとか寂しいとかいう気持ちはほとんどなかった。そういう感傷はもっと後からくるのかもしれないが、自分なりに「やりきった」という感触があるからなのかもしれなかった。
これからの自分には、別の闘いが待っている。振り返っている余裕はないのだ。

 この塾に来てくれた生徒たち、一緒に働いてきた先生方、事務の方、保護者の方、ありがとうございました。みなさんどうぞお元気で。(2008/3/16)


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