理科教師の責任

(mixiの日記より)
 家にあった高校物理Uの教科書を調べてみた。
 1つ前のカリキュラムの本だが、核分裂や連鎖反応、臨界については全部説明されている。質量欠損から核エネルギーの放出についての、一番元になる原理も一応書かれている。
 今話題になっている放射線や放射能の単位については全く説明されていない。シーベルトもベクレルもキュリーもレントゲンもグレイも載っていない。  現行カリキュラムの問題集を見てみたら、シーベルトとベクレルについてごく簡単な記述があった。河合塾の一番難しい問題集にも単位の説明は全く出ていなかった。

 大学入試について、2005年以前のセンターでは核分裂反応の計算問題がよく出ていたが、現在と次のカリキュラムではセンター試験の範囲外になっている。
 2006年以降の入試問題では、2次試験でも原子核についての問題はあまり出題されなくなっている。少なくとも九州の大学では(九大を含めて)原子核の問題は全く出ないと言ってよく、私も塾で原子核については全く授業をしていない。

 一方生物Uでは、遺伝子の構造や複製のしくみについては詳しい説明があり、そこから少し理屈を伸ばせば放射線がDNAにどんな影響を与えるかを教えることもできそうだが、教科書にはそのような記述はない。

 放射線や中性子が原子の構造を破壊することを学ぶのは物理U。放射線によってDNAが変化し、それによって生物にどんな影響が及ぶのかを学ぶ(可能性がある)のは生物U。さらにα線やβ線の性質やどうやって防げるかを考えるのなら化学の知識も必要だ。
 これらすべての科目を学ぶ高校生(おそらく一部の医学部志望の人)は、高校生全体の1%もいないだろう。

 遺伝子の自己修復機能については高校ではまず学ばないので、放射線を短期に集中して浴びることと長期に少しずつ浴びることの違いは、高校生には理解できないことになる。これ以外にも、今マスコミで言われている話の中で、高校では全く学ばない内容はいくつかある。

 要するに、放射線とは何か、放射線はなぜ体に悪いのかを理屈として学ぶ機会は、日本の高校生にはほとんど与えられていない。個々の先生でそういう授業をされている人はいるかもしれないが、もともとのカリキュラム(指導要領)があまりにも薄いので、個人の努力で十分教えられる状況ではない。

 中学校の理科や社会、あるいは高校の現代社会や理科総合という科目で原子力発電について触れられているが、そこでは発電所のおおまかな原理と、「原子力については厳重な管理が必要である」という漠然とした記述があるだけだ。原子力発電の危険性について書かれた教科書が検定にひっかかって修正を求められるというのも、よく出るニュースだ。

 今回の事件(私から見れば事故ではない)について、政府や東京電力がどれだけデータを出しても(そもそもデータを出していないことも問題だが)、それを科学的に評価し判断するだけの学力を、学校の教師は生徒に対して保証していない。
 それが「学習指導要領がそうなっているから」「入試に出ないから」と言うのなら、教師は権力や現実に妥協して、子どもに必要なことを教えるのをサボってきたということになるだろう。私自身もそうだ。
 理科教師の責任は、いったいどうなるのか。(2011/4/5)


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