鴨川を渡る9月の風

  終電車の通り過ぎる頃
  正面橋の上から川面を見つめる
  今は車も通らない
  かすかに聞こえる川の音
  むこうに立ってるおじさんは
  ダブダブのズボンとしわのよった帽子

  明日になればもう思い出さない こんな風景の中で
  立ち止まるぼくを秋風が呼ぶ
  「なぜここで生きているのか」
  「なぜここで暮らしているのか」
  「おまえの命の重みなんて
  この風に飛ばされてもかまわないのだ」
  目まいのような呼び声の外で
  ひとり 笑いもしない 半月を見つけた

  鴨川の流れを見つめて
  心まで流されても ぼくにわかるだろうか
  この浅い流れの中で
  息づく者たちの黒い運命
  逃げ場のない生きものの
  悲鳴もなく死んでいく因果の渦

  人間の世界しか見えないふりをして 何も言わないままで
  立ちつくすぼくを秋風が打つ
  「振り返れ 生きているうちに
  おまえの友達を探し出すために
  おまえの命は きっと きっと
  あの魚たちより重くも軽くもないから」

  夢からさめた子どものように
  ぼくは 鴨川を渡る9月の風を見た

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