サトシ

  サトシ 初めておまえと出会ったのは
  夕暮れの射し込む小さな教室だった
  俺のうわずった初めての怒鳴り声を
  変わらない笑顔でじっと聞いてくれたね

  あれからずっとおまえの瞳は
  俺たちの想いを素直に受け止めていたのか
  優等生だと僻まれながら
  ひたむきに机に向かってたおまえの姿が……

  サトシ いつしか俺は仕事にも慣れて
  伝えたい言葉を心に貯め込んでいた
  教え子たちをひとり愛しく思って
  勉強だけを押しつけたくはなかった

  大学だけがすべてじゃないと
  冗談のように笑いながら だけど本気だった
  それでも学歴が大事なんやろと
  真顔で答えるおまえが少し悲しかった

  サトシ おまえの父さんが亡くなったときも
  おまえはいつもの笑顔を絶やさなかった
  けれどそれからおまえの瞳の中には
  焦りの色が見えていたのかもしれない

  いつかおまえも大人になれば
  本当に大切なことがわかると信じている
  だけど今だけはおまえの望みを
  それだけをかなえる支えに 力になりたかった

  サトシ おまえの母さんがここに来たのは
  夏の終わりの雨の降る夜だった
  さよならの言葉をかわす勇気なんて
  俺にもおまえにもあるはずがなかったから

  あれからおまえは予備校でもまれて
  いつかあの素直な笑顔さえなくしてしまうのか
  せめて心が乾かないように
  励まし合える仲間たちを見つけてくれたら

  サトシ おまえの歩いていく道は
  いつか俺の道と重なるだろうか
  サトシ いつの日にかおまえのその笑顔と
  もう一度会える時が来るのだろうか
  サトシ……

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