自分のことを言っている

 随分前のことになるが、自民党の柏村議員が、イラクの元人質の人たちが「反日的分子」である、という発言をして問題になった。
 発言は以下の通りである(参議院会議録より、改行はY)

 まあ、今回の人質事件はですね、北朝鮮の拉致事件とはまったく状況が異なりまして、
 えー、政府の退避勧告があるにもかかわらず、それぞれの意思で危険な国に出かけていって、
 まあ、現地の武装勢力に捕まったと。
 これ自体明らかに反国家的で、武装勢力に対する利敵行為とも評価できますが、
 さらに聞くところによれば、人質の中には自衛隊イラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。
 もし仮にそうだとしたら、同じ日本国民であっても、そんな反政府、反日的分子のために、
 数十億円もの血税を用いることには強烈な違和感・不快感を持たざるを得ないと、私は思います。
 また、問題はお金だけではありません。
 人質事件の解決のためには、官邸以下、日本政府の人的物的双方の資源が集中的に投入されました。
 ただでさえ忙しい国会開会中に、政府の機能、官邸の機能が妨害寸断されたわけでございます。
 言ってみれば公務執行妨害的なところもあるわけでございます。
 しかも事態によっては、国際政治にも致命的な影響を与えた可能性もありまして、
 無事解決して、良かった、良かったですませることはできません。
 また、邦人保護は政府の当然の義務といって、政府にばかりその義務を負わせようとする、
 まあ、あるテレビキャスターなんかはそういっておりましたけれど、
 それこそそれは甘ったれではないかと思いますが。
 まあ、人質事件に関しては言いたいことは他にもたくさんありますが、
 決算委員会の場でもありますので、あと一点だけ伺います。
 在ペルーの日本大使館人質事件以後、在外邦人の救出体制についてはいろいろ議論されまして、
 対策も講じられてきましたが、今回の人質事件の教訓をふまえて、
 あらためて在外邦人保護について、抜本的な対策を練る必要があるんではないかと思います。
 憲法の精神に抵触しない程度での危険地域への渡航禁止措置や反日活動家の一時出国制限など、
 いろいろあり得ると思いますが、そうした点については外務当局はどのような見解をお持ちでなんでしょうか。

 この発言を見ていると「反日」という言葉だけが問題ではないことがよくわかる。政府の方針に反する行動は「反国家的」と言うのは、まさしく北朝鮮的思想の持ち主であり、石原都知事あたりがなぜ柏村氏を攻撃しないのかとても不思議だ。
 私から見ると、自衛隊という軍隊をイラクに派遣したこともテロ行為に対するりっぱな利敵行為である。もし自衛隊がいなかったら、彼らは人質になっただろうか。日本のアメリカテロに対する支持、そして自衛隊の派遣が人質という「報復テロ」を呼んだのではないのか。そういうことをすべて不問に付して、政府の決定をすべて是とする「甘ったれた」態度は、国民の代表である国会議員の言動としてどうなのだろうか。

 ところで辞書で「反日」の意味を調べてみた。
 gooで三省堂大辞林を調べると、反日とは「日本(人)を排斥する思想・運動」とあった。
 おそらくこの言葉は、もともと外国で日本人が迫害されて排斥(排除)されるような状況に対して使われた言葉なのだろう。
 これでは元人質の人はどう考えても「反日」とは言えない。彼らは何も反日的な言動をしていない。
 むしろ彼ら、れっきとした日本人の行動を排除しようとする柏村氏の方が「反日」的である。
 柏村氏はなぜ「反日的」と言ったのだろうか。御本人にメールで問い合わせてみたのだが、返事は来ていない。
 ちなみに元人質のひとりが、この柏村氏の発言に対して「反日で何が悪い」と言ったそうだが、その発言に対してあるMLで以下のような意見があった;

 別に反日思想を持つのは個人の自由だが・・・・
・だからといってわざわざこの時期にイラクに行って拉致られて人質騒ぎを起こすな。
・だったら日本政府に頼るな。みっともない。
・嫌なら戻ってくるな・・・てゆか戻ってきてうれしそうに記者会見してるお前ら何者?
・日本に国家反逆罪が無くて幸いだが,そのことを自覚してるのか? それでもやっぱり反日?
・反日の何が良いのかがやっぱり謎
・反日だとして,じゃあドコなら良いのか?
・勝手に騒ぎをおこして税金浪費させるのが真の目的なら,確かに言行一致してると言えなくもないけど・・・多数の国民にとっては単に迷惑なだけ。
 日本を良くするために意見を出すなら,結果的に政府批判になったとしても,自分と相いれない意見だったとしても,まあ理解できるが,「反日」じゃなあ。


 この意見などは文字通り反日的であり思想差別でもあるが、「反日的な」ご本人はそのことに気がつかれなかったようだ。

 どうも他人のことを非難するときに「自分のことを言っている」人がいるように思う。
 たとえば日本の歴史の教え方を「自虐史観」だとする人がいる。日本のやってきたことが悪いことばかりだといって、いいところを教えていないのは自虐的だ、というところか(正確な定義があるのなら教えてください)。
 だが一部の日本人が他国で殺人・暴行・強奪等を行ったのが事実であっても、それが「日本が悪いことをした」と言えるのだろうか。日本という生きものが自分の意志で殺人をしたわけではない。残虐行為をしたのは「私」ではない。そのような行為に反対した人々も存在している。仮に私の先祖が残虐行為をしていたとしても、それは私の行為ではない。過去に残虐行為をした日本人が少なからずいたからといって、それを強調するのが自虐的というのはおかしい。それは要するに「かつて残虐行為をした人々に共鳴している人々」にとって主観的に自虐なのであって、客観的に見れば自虐でも何でもない。
 現在の歴史の教え方が自虐的である、というのは、その人自身が殺人・暴行・強奪に共感している、という意味であって、そういう人々自身がきわめて自虐的である。このような殺人・暴行・強奪行為に対する共感をよせる人々が、どれだけ子どもにとって「日本に対する誇り」を損なっているだろうか。
 国を愛する心を育てたい、という人々もいる。「国」が何を指すのかはっきりさせたいところだが、私から見ると国を愛する人が何よりもしなければならないのは、人間にとって不可欠である自然の保護である。諫早湾の締め切りの時に「国を愛する」人々は何をしたか。長期的に見れば日本を破壊しかねない原子力発電所に対して「国を愛する」人々はどういう態度をとっているか。子どもに対して「国を愛する心を育てたい」と言っている人は、まず自らがこの国を愛し、そのための行動をとるべきではないか。

 昔から言われることだが、子どもに何かを教えたいのであれば、何よりも自分が模範を示すべきだ。私も人のことを言えた義理ではないが、少なくとも自分が自信を持って言えないことを子どもに押しつける気はない。というよりも、そんな行為は逆効果にしかなるまい。子どもはそんな押しつけが続くほど、オトナを信用しなくなるだろう。
 オトナが子どもを教育したいのであれば、誰よりも自分自身を含めたオトナを教育するべきではないか。(2004/6/6)

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