遺伝子の逆襲


 先週から豚インフルエンザのニュースが出ています。メキシコでは死者が150人を超え、学校が休校になったり観光客が減ったりしています。アメリカでは非常事態宣言が出ました。日本では今のところ感染者は出ていませんが、旅行者などからうつる可能性もあるので警戒態勢がしかれています。肉から感染する可能性はほとんどないので、豚肉を心配する必要はないと言われています。
 インフルエンザはカゼと違ってウイルスから起こる病気です。ウイルスは普通の生きものと違って細胞を持たず、遺伝子とそのまわりのタンパク質だけでできていて、自分だけでは呼吸もしないし養分もとれず生きていけません。他の生きものの細胞(宿主)にとりついて自分の遺伝子を細胞の中に入れ、その遺伝子の命令で新しいウイルスをつくり出し、細胞の中で増殖したウイルスが細胞をこわして出てくる……という繰り返しで増えていきます。ウイルスで起こる病気はインフルエンザの他にエイズや肝炎などがあり、またウイルスの遺伝子が入ることによってもとの細胞がガン化するような「発ガンウイルス」もあります。


 遺伝子は生きものの設計図のようなもので、DNAという物質からできています。DNAは2重らせん構造をしていて、らせんの間にある4種類の物質の並び方によって生きもののつくりが決定されるようになっています。遺伝子のつくりは地球上のすべての生きもので共通で、これが「地球上の生物はすべて同じ祖先から進化してきたものだ」という説の根拠にもなっています。ウイルスはいわば生物の共通部分だけを抜き出したようなものです。
 遺伝子の研究はどんどん進んでいて、ヒトの遺伝子はもうほとんど解析が終わっています。誰かの細胞から遺伝子を取り出してそれを分析すれば、その人がどんな病気にかかりやすいか、どんな体質になりやすいかわかるようになりました。遺伝子病患者の細胞に正常な遺伝子を埋め込んで治療する方法も考えられています。植物ではシロイヌナズナというタンポポの仲間の遺伝子を世界中の研究者が分析していて、この植物の遺伝子の働きが完全にわかれば、他の植物の遺伝子の働きを推定する手がかりができると言われています。また遺伝子を他の生きものに「移植」することもできるようになっていて、たとえばトウモロコシの害虫を殺す毒をつくる遺伝子をトウモロコシの遺伝子の中に入れて、害虫に食われにくいトウモロコシをつくったりしています。これが遺伝子組み換え作物と呼ばれるもので、みんなのまわりにもたくさんあります(安全性に不安を持つ人もいる)。
 遺伝子について色々わかってきて、人間の役に立つような技術が生まれてくるようになっても、遺伝子のかたまりであるインフルエンザやエイズが人間を脅かしているというのは、なんだか皮肉です。
 今回の豚インフルエンザは鳥インフルエンザと比べると致死率が低く、メキシコ以外の国では今のところ死者が出ていません。メキシコは貧富の差が大きい国で、今でも満足な治療や予防ができない人がたくさんいます。もし日本に感染が広がったら、家や食べ物がなく体力のないホームレスの人や、お金がなくて治療を受けにくい人の中で亡くなる人が出てくるかもしれません。日本が大丈夫だからと言って、メキシコで検査も受けられずに苦しんでいる人を放っておいてよいわけでもないでしょう。そんなことも考えてみてほしいです。
 メキシコからの豚肉の輸入を自粛する会社が出てきていますが、食品(=死んだ細胞)ではウイルスは生きていけないので、食品から感染することはまずありません。日本の大臣は「風評被害が心配だ。消費者に誤ったシグナルを送らないでほしい」と言っています。そうかもしれませんが、風評被害にのせられてしまう側にも問題があります。ウイルスについてきちんと勉強するのは高校の生物Uなので、高校を卒業してもウイルスについての正確な知識を持っている人はあまりいません。要するに学校できちんと教えていないことが風評被害をつくり出しているので、せめて中学でこの通信にのっているくらいのことを教えておいてほしいです。……これからも色々ニュースが出るでしょうが、自分の勉強のつもりで見てみてくれたらうれしいです。

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(2009/4/28)

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