教えることの面白さ


 山本がはじめて勤めた塾は、京都の嵐山の近くにある小さい塾でした。大学を卒業したばかりで、大学院に通いながらそこで5年間塾講師のバイトをしたのですが、最初の2年くらいは授業がイヤでイヤでたまりませんでした。授業はうまくできないし生徒はいい顔をしないし、こんな仕事早くやめたいと思っていました。
 教える仕事が面白いと思い始めたのは、初めて受験生を教えた時です。合格するために必死で勉強する子どもたちを見ていて、この子たちの力になりたい!と思ったのが、この仕事を本気でやり始めたきっかけでした。合格発表の場で生徒と一緒に泣いたことは、今でも覚えています。
 その塾はテキストを使わず、塾に置いてあるプリントを印刷してその都度配っていました。最初は何も考えずに塾のプリントをそのまま使っていたのですが、少しずつ「もっとこんな問題を解かせたい」「このプリントはわかりにくいから使いたくない」などと思うようになって、プリントを自分で選んだりつくるようになりました。問題集1冊分をパソコンで打って50枚プリントをつくったこともあります。理科も教えていたのですが、前の先生が実験をしていたというのを聞いて、それなら自分もやってもいいかと思い、簡単な化学の実験をしたり、ネズミの解剖をしたりしました。マウスの解剖は最初は中学生は怖がっていましたが、のってくると腸を伸ばして長さを測ってみたり、頭蓋骨をカッターで切って脳を出そうとしたり、女の子まで大騒ぎでした。終わってから桂川の河原にみんなで埋めに行ったことも覚えています。
 塾長は英語を教えていましたがいつもニコニコしているやさしい人で、若い山本が失敗をしてもほとんど怒らず、励ましてくれました。最初の2年間やめずにすんだのは、この先生のおかげです。この人が山本の(+みんなの?)運命を決めたと言っていいでしょう。
 一番大きかったのは、その先生が塾の仕事を枠にはめず、山本が何かをしようとする時に「この塾ではそういうことはしないから」といって止めなかったことです。さっきの解剖の他にも、数学の授業中に作文を書かせたり、山本が通っていた大学院の実験所に生徒を連れて行ったり、水俣病の映画を見せたり、好きなことをたくさん塾でさせてくれました。それが全部うまくいったわけではありません。失敗して後で苦い思いをしたこともあります。でも、子どものためになりそうなことを自分で考えて実際にやってみること、その中で何が本当に子どもにとっていいことなのかを経験して学ぶこと、この2つの学びはかけがえのないものになりました。
 山本はもともと教師になるつもりではなかったので、教育学部には行かなかったし、先生としての心構えや授業の技術をどこかで習ったわけではありません。後になって先生の勉強会にもたくさん出ましたが、教育大学出身の先生の型にはまった授業を見て感心したこともあります。でも自分が教育学部に行けばよかったと思ったことは一度もありません。
 それは「人から与えられたものではなく、自分で考えて教材や教え方をつくっていくことの面白さ」を知っているからです。誰かに言われた通りにやるのではなく、自分でどうしたらいいか考えながら授業をつくっていくのは、失敗もあるし時間も手間もかかるけれど、失敗から学んだ分まちがいなくうまくなれるし、自分のやる気がそのまま子どもへ伝わるのがうれしいし、何より面白いのです。教え方や実験やプリントを工夫して考えることに、山本は全く飽きません。この世で1つだけの教え方をつくり出せること、自分だけのオリジナルの授業をつくっていける面白さ、そしてがんばって工夫した分だけ子どもが喜んでくれること、それらが山本を支えているのです。
 もちろん教育学部でもそういう面白さを感じてがんばる人はいるでしょう。学校や塾の先生がどれだけ「自分の工夫」をしているか、それは多分みんなが授業を受けていてもわかると思います。みんなにとっていい先生はおそらく、どこかで"その人らしさ"をみんなに見せつけているはずです。教師の力は結局、人間としてどれだけ魅力的かということです。どんなに教育大学で授業の技術や知識を勉強しても、その人が勉強の面白さも、子どもと関わる中で自分を出すことの面白さも知らなかったら、子どもにとってはつまらない教師にしかならないでしょう。本当に伝えなければならないのは、人間としてどう生きていくかという「教師自身の見本」だからです。
 教師をめざす2人にしてほしいのは、大学に行く勉強だけではなく、子どもと向き合うあなた自身がどんな人間なのか、子どもとどう向き合い関わりたいのか、子どもに何を伝えたいのか、そんなことをイメージすることです。難しいけれど、やりがいのある仕事なのです。ゆっくり考えてみてください。そして教師になるつもりのない人にも、「人の言いなりではなく、自分で工夫して何か をつくっていくことの難しさと面白さ」をぜひいつか味わってみてほしいです。(2009/5/14)

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