命をかけること


 プロレスラーの三沢光晴さんが試合中に頭を強く打ち、脊髄(背骨を通っている神経)が切れてしまい、亡くなりました。山本の1つ上(46才)の人です。
 亡くなった翌日に福岡で試合があったので、妻と行ってみました。博多スターレーンというボウリング場のホールに2000人のお客さんが集まっていました。立ち見だったのでリングはけっこう遠く、あんまり迫力は感じませんでしたが、残された選手は必死に戦っているように見えました。会場の隅には三沢さんの遺影と献花台があり、試合後にはファンの「ミサワ!」コールの後、大勢の人が写真を撮っていました。
 昔はテレビで夜7時とかにプロレスの試合中継があって、力道山とかジャイアント馬場とかアントニオ猪木など大物選手は今のイチロー以上の人気がありました。今でもK−1など格闘技の番組はテレビで放送されていますが、プロレスはテレビにも出てこないし(三沢選手のプロレス団体もこの3月でテレビ放映が終わり)、一時期ほどはお客さんも入らないようです。
 三沢さんはジャイアント馬場の弟子で、走ってくるタクシーを飛び越えてしまうほど跳躍力があり、かつては「タイガーマスク」をやっていたほどの技の使い手です。馬場が亡くなったあとプロレスの会社を引き継ぎ、人気を上げるために必死だったようです。社長としてお客を呼んだりお金の工面をつけるための雑用をこなしながら、看板レスラーとして試合にも出るというのは大変だったでしょう。今回のことも、首のケガが完治していないのに無理をして出場したからではないかとも言われています。
 この人はプロレスに命をかけたと言っていいでしょう。何かに命をかけるというのはかっこいいし、普通の人にはなかなかできません。前に取り上げた萱野茂さんはアイヌの生活を残し守るために命をかけたし、アウンサン=スー=チーさんはミャンマーの人たちが平和に暮らせることに命をかけているし、たとえば麻生総理大臣だって「この国のために命をかける」と言っています。そういう何かに命をかける(と言っている?)人は、そうでない人よりも"えらい"のでしょうか。
 山本は何かに命をかけたことはありませんが、何かを必死にやろうとしたことはあります。塾で中3や高3をもつと、毎年入試前の数ヶ月は休みも減り、補習や教材作りに追われます。特に一昨年は愛伸ゼミナールの最後の受験生がいい時間をすごせるようにと思って、2〜3月はほとんど休みなしで働きました。みんなにもそんなふうに、何かに一生懸命になる時があると思います。そういうことと「命をかける」ことは、何がどう違うのでしょうか。
 上にあげた「何かに命をかける人」というのは、1つのことを長い間やり続けてきた人です。三沢選手は高校を卒業してすぐプロレスラーになり、28年間リングに立ち続けました。スー=チーさんも43才でミャンマーに帰国してから20年、国の民主化のために闘っています。スタートが早いか遅いかは別にして、どんな世界でも大きなことをやろうとすれば時間がかかります。命をかけるというのは、そこまでの深い思い入れと長い間の努力から生まれるのかもしれません。
 もう1つは「人の役に立つ」ということです。三沢選手は見に来てくれるファンのために、ケガを押して試合に出続けました。スー=チーさんはノーベル賞の賞金を全部ミャンマーの人々に投じました。単なる正義感とか義務感でそこまでできるとは思えません。おそらくこういう人は「他人の役に立つことがうれしい」のだと思います。ファンが喜んでくれること、自分のお金で誰かが笑ってくれること、それが心底うれしいから、自分のすることが苦にならないのです。
 あとは、勇気です。三沢選手の首のケガが治りきらないとしたら、無理をせずに休むこともできたはずです。スー=チーさんだって自宅軟禁されているミャンマーから脱出すれば、自由な生活をすることができたでしょう。そうしないで自分の意志を貫き通すところが、普通の人と違うのだと思います。みんなだったらどうしますか?
 誰もがそこまでかっこよく生きられるわけではありません。でもスー=チーさんや三沢選手ほど派手でなくても、息の長い仕事をして、ささやかでも誰かの役に立って、少しだけ人より勇気を持って生きていくことはできます。山本は看護師さんや学校の先生、あるいはパスタ屋さんの店長さんなど、尊敬できるかっこいい人を知っています。みんなのまわりにもそういう「かっこいい」オトナはいるはずです(山本のことではありませんよ)。
 生き方は自分で選ぶものだし、みんなが何に憧れるかを誰かが決めることはできません。今みんなにしてほしいことは、世の中の色々なオトナの生き方を見て、自分の"お手本"を探すことです。まわりに流されて何となく進路を選んで無難にやっていくのもいいのかもしれないけれど、1つだけでも「これだけはどうしてもやりたい、譲れない」という夢を持ってほしいです。それは仕事でなくてもいいし、人に言えないようなことでもかまいません。そういう夢を探すのに、今までのオトナの生き方を知ることが参考になると思うんですよ。(2009/6/19)

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