「かすかなる光へ」


 夏休みには先生の研修会がたくさんあります。理科の先生には科学教育研究協議会というのがあって、毎年8月に全国大会があります(今年は埼玉県)。そこでの講演のメモを先輩の先生からいただきました。大田尭さんという91才の教育学者のお話ですが、読み応えのある文章なので転載します。



 日本では現在失業率が5%台(オトナ100人のうち5人は働きたくても働けない)、企業内失業(会社にいても仕事がなく安い給料しかもらえない人)も570万人もいる。
 今日は「もう一つの失業問題」を話したい。日本の子どものことだ。
 遊びは子どもの仕事なのに、遊びの舞台である自然が奪われている。自然と触れ合って遊ぶ、その実感を仲間と分かち合う。それが子どもの仕事である遊びだ。
 遊びは本来内発的な(自然にそうしようとする)もので、人間や他の動物は遊びの中で内発性をさらに発達させる。仲間とともに遊ぶことに意味がある。室内で機械を相手にしている今の状況は大変なことだ。
 もうひとつ、オトナの仕事への子どもの不参加。これも子どもの失業である。自然と社会から子どもが隔離されている(切り離されている)ことが重大問題だ。
 谷川俊太郎の詩『かすかな光へ』は、生涯にわたる人の学びとは何かを語っている;(詩は省略)

 競争原理(競争させないと勉強しないという考え方)と成果主義(結果が出せなければ意味がないという考え方)の中で、ほんとうの学びが否定されている。
 学びは人だけの行為ではない。外界から刺激を受けて反応するすべての動物の行為だ。
 動物はつねに外から刺激を受けながら、自らを変えていった。常に自分を変え続けながら、常に変わらない自分であり続ける。動的平衡を保ってきたのが生命だ。
 生きていることの証拠が学習である。学習権は生存権の一部である。1985年のユネスコの学習権宣言はそのことを宣言した。教育権は特定のだれかれにあるのではなく、まず学習権が中心にあって、それを周りからささえるのが教育だ。
 力士が「自分の相撲がとれた」と言ったり、有森さん(マラソン選手)が「自分をほめてやりたい」と言ったりしているが、これは「自分が見えてきた」「ひびきあいの中で生きる自分を知る」ことだ。
 私たちは今「完全雇用」を求めたい。完全雇用とは、「一人ひとりの持っている持ち味が、持ち味にふさわしい社会的に価値のある出番を獲得できる」ということである。
 子どもたちは学校の中で持ち味を発揮する場を求めている。子どもの「完全雇用」は夢である。その夢は値打ちをもっている。夢を持つとレールが見える。大いなる夢を持ち続けたい。
 宮沢賢治は「世界の人がしあわせにならなければ、個人の幸せはない」と言った。
 かすかな光に向かって夢を追い続けるとき、疲れは喜びに変わっていく。



 もともと子どもは、遊びの中でたくさんのことを学ぶものです。今までの子どもは、自然の中で遊ぶことで、仲間となかよくする方法、遊び方を工夫したりおもちゃをつくる知恵、自分のことを自分で決める力を学んできました。日本の歴史の中で、今ほど子どもが遊べていない時代はありません。そしてみんなの親御さんの仕事をみんなが手伝うこともほとんどありません。子どもは遊びからも、自然からも、世の中の仕事からもはぐれてしまっています。そのことがみんなも感じているしんどさ、生きにくさにつながっている面もあるでしょう。
 勉強するのは、順位をつけたり(=競争原理)点数によってごほうびや罰があったり(=成果主義)するからではなく、外からの刺激に対応して自分を変えていくことが動物としてのもともとの性質であり、生きることと学ぶことが直接つながっているからです。でもみんなは「生きていることの証拠が学習」と言われてもピンとこないでしょう。それは今の学校の勉強の多くが、みんなの動物としての性質や、ひとりひとりの持ち味を活かすための準備になっていない"ニセモノ"だからです。あなたたちの持っているいいところを見つけ伸ばして、世の中で活かしていけるようにすること、それが子どもやオトナが世の中で「完全雇用」されることにつながるのです。みんながそうなれば、最後の宮沢賢治の言葉を素直に納得することもできるでしょう。
 ……こんなことはキレイごとなのかもしれません。実際には先生の多くは雑用に追われて忙しく、いい仕事をしようとしても困難がたくさんあって、あきらめることが多いのです。それでも「かすかな光」があれば、子どもの本当の幸せにつながる道が見えるなら、がんばれる先生はたくさんいるのです。……先生になる人もそうでない人も、子どものためになる「光」があることを信じて、これからの子どもが幸せになれるような世の中をつくっていってほしいと思っています。(2009/8/12)


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