ノーベル賞の解説


 毎年この時期にノーベル賞の発表が行われます。今年のノーベル賞がどんな人のどんな業績に対して贈られたか、大ざっぱに見ながら解説してみましょう。

 ☆化学賞;ベンカトラマン=ラマクリシュナン(インド出身、イギリス)トーマス=スタイツ(アメリカ)アダ=ヨナット(イスラエル)
アダ=ヨナット氏  「リボソームの構造と機能の解明」生きものの体をつくっている細胞では、遺伝子であるDNAをもとにして、体をつくる一番大切な物質であるタンパク質をつくっています。核の中にあるDNAの一部をコピーしたRNAが核の外に出て、RNAの情報によってアミノ酸が順番に並べられて様々なタンパク質ができます。このタンパク質をつくる場所がリボソームで「タンパク質の合成工場」とも呼ばれています。3人はほぼ同時に、この物質の結晶をうまくつくってX線で分析することによってリボソームの詳しい構造を調べることに成功しました。この研究によって、細菌のリボソームをこわし細菌を殺す物質をつくり出したり、複雑なタンパク質をどのようにしてつくりだしているかがより深く理解できるようになりました。

 ☆物理学賞;チャールズ=カオ(香港出身、イギリス・アメリカ)ウィラード=ボイル(カナダ・アメリカ)ジョージ=スミス(アメリカ)
チャールズ=カオ氏  「光ファイバー、CCDセンサーの発明」光ファイバーは光の全反射を利用して、ケーブルの中を光の信号が流れるようにしたものですが、以前は20mほどしか光が届きませんでした。カオ博士はファイバー繊維の中の不純物を限界まで減らして100km以上の通信ができるようにし、音楽や映像などを瞬時に送れるようにしました。インターネットや電話などでも光通信が広く使われています。ボイル・スミス両博士はCCDセンサーを発明しました。CCDセンサーは金属に光が当たると電流が流れる「光電効果」を利用して、光の信号を電気に置き換える技術で、デジタルカメラや胃カメラなどの内視鏡などに広く用いられています。
 日本の西澤潤一博士はカオ博士より早く光ファイバーなどを考案し『光通信の父』と言われ、アメリカではニシザワ=ジュンイチ賞がつくられたほどですが、受賞を逃しました。西澤さんは「基本的なことは我々が成し遂げた。(カオ博士に)おめでとうと言いたい」と言っています。

 ☆文学賞;ヘルタ=ミュラー(ドイツ)
ヘルタ=ミュラー氏  ミュラー氏はルーマニアの中でもドイツ語を話す少数民族の出身で、大学を卒業後翻訳者として働いていましたが、チャウシェスク独裁政権への協力を断り職場を追放され、学校の代用教員をしながら小説を書きましたが、小説の内容が政府に都合の悪いものだったため職を追われ、ドイツに移住し作家活動を続けました。秘密警察と密告制度で抑圧されるルーマニアの人々の日常を丹念に書き、特にひどい差別を受けた少数民族に対する愛情に満ちた描写はすぐれていると言われます。スウェーデンアカデミーは「韻文の濃密さと散文の率直さをもって、疎外された人びとの風景を描き出している」と説明しています。

 ☆生理学・医学賞;エリザベス=ブラックバーン(アメリカ)キャロル=グライダー(アメリカ)ジャック=ショスタク(アメリカ)
 「テロメアによって染色体が保護される仕組みの発見」細胞が分裂するときには、核の中に染色体が現れ、それが2つに分かれます。染色体は分裂するたびに端の方が少しずつなくなって短くなっていくので、端の方にはなくなってもいい、遺伝子として意味を持たない部分(テロメア)があります。それでも何回も分裂していくうちにテロメアがなくなってしまうと、細胞は分裂できなくなり生きものは死んでしまいます。そこでテロメアーゼという酵素が働いて、短くなった分のテロメアを新しくつぎ足していることもわかりました。生きものの寿命はこのテロメアのしくみによって決まっているとも言われ、この研究によってガン細胞の研究(抗ガン剤の開発)などだけではなく、もしかしたら「不老不死」の方法もわかるかもしれません。

 ☆経済学賞;エリノア=オストロム(アメリカ)オリバー=ウィリアムソン(アメリカ)
オリバー=ウィリアムソン氏  「共有財産や民間企業の経済上の統治に関する分析」オストロム氏は、牧草地・森林や湖など自然の資源について、政府が管理運営するよりも、資源を使う人の自主性に任せた方が、自分たちで規則をつくってうまく運営されることが多いことを調べました。女性では初の経済学賞受賞です。ウィリアムソン氏は、企業(会社)のあり方を研究しました。たとえば温暖化のようにどうするべきか(ソンをしてもCO2排出量を減らすために生産を減らすべきか)意見が異なる問題の場合、利益を追求するだけの場である市場は問題を解決できないこと、また会社では上層部(社長などエライ人)が権限を乱用して利害調整がうまくできないことを指摘しました。

 ☆平和賞;バラク=オバマ(アメリカ)
バラク=オバマ氏  「より良き未来に向けて人々に希望を与えた」ご存じ?アメリカ大統領が今年4月にプラハで行った演説はなかなかのものでした。「我々は21世紀に、人々が(核兵器の)恐怖から自由になって生きる権利のために立ち上がらなければならない。そして核兵器国として、核兵器を使用した唯一の核兵器国として、米国は行動する道徳的な責任を有する。……この目標(核兵器の廃絶)は迅速に到達されない。たぶん私が生きている間には。しかしいま我々は、世界は変わらないと我々に言う声を無視しなければならない。我々は"Yes, we can"と言い続けなければならない。」 アメリカの大統領が自国の「道徳的な責任」について話すなど異例のことです。実際にオバマ大統領は核兵器の削減交渉に乗り出したり、ブッシュの時よりはずいぶん他の国と協調的に(自分勝手にならずに)温暖化や人権問題に取り組んだりしています。しかしアメリカは依然としてアフガニスタンには軍隊を出して戦争を続けているし、実際に核兵器がまだ減ったわけではありません。本当の意味で成果を出せるかどうかは、これからにかかっています。「オバマ大統領にノーベル賞は早すぎる」という声も少なくない中でこの賞が決まったのは、むしろこれからオバマ氏が平和のためにがんば ってくれるようにという「応援メッセージ」なのかもしれません。



 リストを作っていて感じたのは、アメリカの人が多いなあということです。昨年物理学賞をもらった南部さんも国籍はアメリカで、下村さんもアメリカの大学で研究していたテーマが受賞対象になっています。アメリカ人がすぐれているというのではなく、世界中のすぐれた人がアメリカに集まって研究しているのです。これには日本の大学が、ノーベル賞を受けるような「おおもとの理屈の追求」よりも、実際に役に立つ技術や細かい知識の研究に力を注いでいる面もあるし、まあお金のかけ方も違うし、さらに日本の学生(あなたたちですよ)の学力不足(テストの点ではなく、根本的に新しいことを思いつくような力が足りない)も影響しているように思えます。
 みんながノーベル賞をとることはないかもしれない?けど、こんな機会に「世界の研究の最先端」をのぞき見してみるのも悪くないと思いますよ。(2009/10/14)


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