疑うこと


 テレビのコマーシャルで「これを食べるとやせます」「これで英語が覚えられました!」というのがあります。よく見ると小さく「個人の感想です」というテロップが出ています。絶対効果があるとは限りませんよ、という言い訳みたいなものですが、それでもコマーシャルに釣られて買う人はいるでしょう。別にコマーシャルが悪いわけではありませんが、買ってみてだまされた! とならないためには、コマーシャルの内容が本当なのか、本当に買う価値があるのか、ある程度疑ってかからなければなりません。
 何かを疑うというと悪いイメージがありますが、人の言うことを何も考えずに信じるのではなく、理屈で考えて正しいかどうかを絶えずチェックするということです。
 今回の通信でとりあげたマルクスやフロイトは、今までにない新しい考え方をつくりだした人ですが、何もないところからいきなり新しいことを思いついたわけではありません。共産主義にしても無意識にしても、それまでに土台になるような考えはありました。マルクスやフロイトが他の人と違ったのは、それまでの考え方が本当に正しいのかどうかを疑い、理屈に沿って根っこから考え直してみたことです。他の人の言っていることをすべて鵜呑みにするのではなく、「もしかしたらこうなんじゃないか?」「ここは正しいけどここは違うのでは?」と疑ってみること、そして何が正しいのかを徹底的に理屈や実験で考えてみた(フロイトは自分の考えが正しいかどうかを患者の治療の中でためし続けた)こと、それがそれまでの土台の上に新しいものをつけ加え、結果として偉大な発見に結びついたのです。
 みんなにも、同じことはできます。オトナの言うことだから無条件に正しいと思うのではなく、本当にそうなのか、理屈で考えたらどうなのか、ということを考え続けてほしいのです。先生を信頼することと、先生の言うことを無条件に信じることは別です。山本はみんなのために教えたり指示をしたり話をしたりしますが、だからといって山本の言うことが全部正しいと思ってほしくありません。みんなと信頼関係は持ち続けていたいですが、山本の考え方とみんなの考え方が違うことはあって当然です。この通信の文章だって、全部その通りに納得する必要はありません。みんなもうすぐオトナになるのですから、オトナの言うことに頼り続けるのではなく、「こいつは○○とか言ってるけど、実はそうじゃなくて××なんじゃないか」というように、本当に正しいことが何かを考えてほしいです。自分の人生を本当に自分のものにするには、誰かの言うことを鵜呑みにするのでなく、正しいこと・真実を基準に考えていくしかないからです。学校の勉強には、科学的に正しいものの考え方を身につけて、何が真実なのか判断する力をつけるという意味もあるのです。
 教科書に書いてあることは全部正しいと思うかもしれませんが、教科書にだってまちがいはあります。わざとまちがえているわけではなくて、まだわかっていないこと、あるいはまだ教えられないことがあるからです。500年前の理科の教科書には「太陽が地球のまわりを回っている」と書いてあったし、なぜ電気の+と−が引き合うのかはまだわからないので現在の教科書にも書いてありません。また現在教科書に書いてある内容でも、新しい発見によってまちがっていることがわかって訂正されるかもしれません。
 小学校では解けなかった3−7という計算も中1ならできるし、高1までは解けないx2=−1という方程式も高2で虚数を習えば解けます。今みんなが高校で学んでいることだって、大学で「実はこういうことで……」といってただされることがあるのです。そうやって考えていけば、教科書は「とりあえず今はこのへんが正しい」くらいに思っておいた方がいいということになります。
 みんなが問題を解いていて、「解説にはこう書いてあるんですけど、自分のこの解き方ではダメですか?」と聞かれることがあります。問題には色々な解き方があるので、解説の解き方だけが正しいとは言えないし、どんな解き方でも正解にいければそれでいいと思うかもしれません。
 そこで考えてほしいのは「自分の解き方が本当に一番いいのかどうかを疑う」ということです。自分で解き方を考えること自体はとても大切でいいのですが、だからといって自分の解き方が一番いいと"信じる"のは危険です。逆に解説の解き方が一番いいとも限りません。両方の解き方で問題を解いてみて、どちらがいいのかを考えるのが最もいい勉強法です。時間がかかりますが、問題を数問解くくらい力がつきます。勉強は問題を解くのが目的ではなく、色々な解き方を理解して使い分けられるようになることが目的だからです。もちろん入試のための力にもなります。
 ものごとを批判的に(疑って)見るというのは、疑心暗鬼になることではありません。相手を信頼するからこそ、まちがっていることはまちがっていると言えるし、相手のまちがいを指摘したり議論することがお互いのためになると確信できるのです。素敵なオトナになるって、そういうことです。山本はみんなとも、そういう関係になりたいと思っています。(2010/5/5)


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