信じることと科学


 『水からの伝言』という本を知っていますか。
 きれいな音楽をかけたり「ありがとう」などやさしい言葉をかけながら水を凍らせるときれいな氷の結晶ができ、逆に「ばかやろう」など汚い言葉をかけると結晶がこわれてしまう、という内容の本で、きれいな氷の結晶の写真がたくさん載っています。この本は世界中で売れていて、日本の学校で道徳の教材として使われたこともあるそうです。ホームページには「水の結晶には世界を変えるメッセージがある、私たちはそう確信しています」と書かれています。
 ホメオパシーという治療法があります。200年前にドイツの医師が考え出したもので、病気と似た症状を起こす植物や鉱物を水で1030倍(1のあとに0が30個!)にうすめたものを用いて病気を治す、というものです。これだけうすめれば普通に考えるとただの水なのですが、これが効いて病気が治ったと言う人もいるようです。ホメオパシーを支持する芸能人が出てきたり、助産院でホメオパシーを使っていて新生児に必要なビタミンKを与えなかったために問題が起こったり、日本学術会議の会長が「科学的な根拠がなく、荒唐無稽としか言いようがない」などと発表したりで、最近話題になっています。
 山本の父親は18年前にガンで亡くなったのですが、末期になって入院した頃、知らない人から電話がかかってくるようになりました。「飲尿療法がいいですよ」「あなたのためにお祈りしたいのです。病院に行ってもいいですか」。おしっこを飲んでガンが治った人もいるのかもしれませんが、父はありがた迷惑だなあと言っていました。みんなだったらどうしますか?
 水からの伝言もホメオパシーも飲尿療法もお祈りも、科学的根拠はないと言われています。科学的とは、誰でもきちんと実験をすれば同じ結果が出て、客観的に確かめることができるということです。水素と酸素を化合させれば誰がやっても水ができるし、Aという薬がBという病気にきくかどうかは動物実験や臨床試験で統計をとれば誰でも確かめることができます。ホメオパシーで病気が治ったという例にしても、それが水のせいなのか、たまたま自然に病気が治ったのか、科学的に検証することはできていません。
 日本人は占いが好きで、手相占いとか星座占いとか血液型占いがテレビでよく取り上げられます。手相や星座はとにかく、血液型がその人の性格と関係があると言う人は山本のまわりにもいます(みんなはどうですか?)。しかし実際には、血液型が人間の性格に影響を与えているという調査結果はありません。性格のような複雑なものが、赤血球の細胞膜上の物質の種類だけで決まるというのは、理屈で考えても説明のしようがありません。どちらかというと、A型の人が生まれつきある性格になっているのではなくて、私はA型だからこういう性格のはずだ〜〜と思い込むことで性格が「A型的」になっていくという、"思い込み効果"があるような気がします。
 他にも幽霊とかUFOとか、科学では説明できないものが世の中にはたくさんあって、そういうものを使って商売をする人がいたり、それが本当かどうかで論争が起こったりしています。
 山本は理科教師なので、まずみんなに「『水からの伝言』や占いには科学的な根拠はない」ということを知っておいてほしいし、あることが科学的に正しいと言えるかどうか考える力を身につけてほしいです。みんなが理科を勉強する意味の半分くらいは、多分そういうことのためです。
 しかしある人が占いを信じるかどうかは、全くその人の自由です。テレビの星座占いを見て「今日はラッキーな日だ。がんばろう!」と思えるのなら、占いを信じる意味はあるでしょう。水の結晶にしてもホメオパシーにしても、信じることでその人が幸せになれるのなら、たとえ科学的でなくても意味はあるかもしれません。
 逆に何かを信じることでその人が苦しんだり、信じていない人に何かを押しつけて迷惑をかけるのなら、科学的な根拠のないものを信じる意味などないと思います。占いで悪い結果が出たからといってクヨクヨするのも、ホメオパシーを信じるからといって生まれたばかりの赤ちゃんにビタミンを与えないのも、小学生に道徳の授業で「水はきれいな言葉や音楽がわかるんだ」と言ってだます(その人が信じていることを科学的な事実と思わせる)のも、いいこととは言えません。
 科学的なものの見方が大切なのは、「信じること」と「事実として受け止めること」を区別する必要があるからです。占いが科学的な根拠を持つ事実だとすれば、O型の人は自分の性格を変えられないものとして受け入れるしかありませんが、単なる占いだと割りきれれば性格を自分で変えていけます。何が事実で何がそうでないかわかっていれば、何をどう選ぶにしても自分の行動に責任を持って生きていけるし、誰かにだまされて生き方を振り回されることもありません。みんなが理科を勉強する意味って、本当はそういうことだと思うんですよ。(2010/9/15)


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