勝負すること


 Mさん
 いよいよ入試ですね。緊張していますか?
 この2ヶ月、あなたなりに準備してきたことを思い出して、それを自信にしてくれたらと思います。あなたも山本もなかなかポジティブになれない損な性分ですが、努力は人を裏切りません。あなたが懸命に勉強してきたのなら、その分だけ勝負できる「武器」があるはずなのです。そのことだけは信じていてほしいです。

 あなたを教え始めてかれこれ4年あまり、色々ありました。
 中3の冬休みの数学の猛勉強で50点とれるようになった時の、あなたのうれしそうな顔を今でも覚えています。公立の志望校をどうするかで、塾に相談に来た時の真剣な顔も、忘れられません。ブラバンの演奏会でクラリネットを気持ちよさそうに吹いているあなたも、音楽をそんなに楽しめていいなあ、という気持ちで見ていました。いつかあなたにも山本の歌を聴いてほしいような気もしていますが、まあいらんか。
 あなたは不器用でがさつで、山本の教えていた生徒の中でできる方でもありませんでした。どうしてもうまくいかなくて感情的に叱ったり、どう教えたらいいかわからなくて途方に暮れたこともあります。あなたにとっても山本はいい教師でなかったかもしれません。申し訳なかったです。
 勉強の仕方、問題の解き方を教えることはできても、人間の性格を変えるのは難しい、本人にやる気があっても「染みついてしまっている」勉強への取り組み方を変えるのは本当にしんどいことだということを、あなたは山本に教えてくれました。皮肉ではなく感謝しています。座禅とか自律訓練法とか、中途半端でなくもっと徹底的に続けていればよかったかなとも思います。このへんが山本も中途半端でダメなんだよね。あなたには反面教師にしてほしいです。合格したらまた一緒に座禅に行きましょうか。お互いにまだまだ鍛えるのだ。

 あなたと山本をつないでいたのは、何よりもあなたの「教師になりたい」という意志だったと思います。あなたが持っていて、あなたより要領も成績もいい人たちが持っていなかったたったひとつのもの、それは自分の夢を叶えたい、そのために努力したいという強い気持ちです。山本はあなたのその気持ちに惹かれて、あなたの力になりたいと思い続けてきました。
 真剣に望んで努力し続ければ、あなたは教師になれるでしょう。でも(いつも言っているように)あなたの本当の勝負は、先生になってからです。子どもを大切にして、子どもの中に眠っている才能を掘り起こす手伝いをしていくのは、他の仕事では味わえない楽しさや面白さがあるけれど、それだけ大変です。子どもに勉強を教えるのなら、教師自身もいつでも勉強を続けていかなければなりません(成長が止まってマンネリになった教師ほど、子どもにとって退屈な存在はありません)。失敗して悔しくて泣く時もあるでしょう。子どもに裏切られてショックで眠れなくなる時もあります。今の学校が本当に"子どものための場所"になっているとも言えないので、本気になれば学校やそれを支えている世の中を変えていくための努力だって必要です。あなたにはこれから、数え切れないほどの楽しいこと、うれしいこと、しんどいこと、悔しいことが待っているのです。
 人間相手の仕事には「完全」がないので、失敗や後悔や苦労がつきものです。そういう失敗を避けて要領よくやろうと思わないことです。失敗の繰り返しの中からしか、成功は生まれないのです。今度こそ……と思って何度も挑んでいくうちに、少しずつ子どもを愛せる、本物の教師になれるはずです。日本中にそういう先生がたくさんいます。あなたにも、そうなってほしいです。

 大学入試はたしかに大変だけど、あなたがこれから経験していくことに比べれば、たいしたものではありません。たかがペーパーテストです。人間相手でない自分だけの勝負なら、要は集中力です。あなたが今までやって来たことの100%を出すために、心を研ぎ澄ますだけです。
 あなたが勉強ができる人だとは、言えません。けれどあの大学を受ける200人の中で、この試験のためにやってきた勉強の量なら、そう簡単には他の人に負けません。小論文もなんとか形になりました。あとはそれが本番でできれば、あなたの本気がその場で出せれば、勝負できます。
 生きていく中で、本当の"勝負"というのはそんなに何回もありません。緊張もするだろうし、怖い気持ちもあるでしょう。でもきっとそういう経験が、あなたを成長させてくれるはずです。この数週間、あなたは試験のプレッシャーと闘ってきたはずです。入試の本番はその続きです。肩の力を抜けとは言いません。今までと同じようにもがきながら、緊張しながら、家でやったのと同じように闘えばいいのです。120分終わった後にフラフラになるくらい、夢中で解くのです。
 1つだけ言いますが、ミスをしないためには、面倒くさがらないことです。あなたはこの間小論文をやっているときに「(深く)読むのが面倒くさい」と言いましたが、本当に必要なことは絶対に面倒くさがってはダメです。今までのあなたの失敗はすべて、何かを面倒くさがっていることから起こっています。今回の入試はそれを治す大きなチャンスでもあるのです。クラリネットを吹く時のように、神経を集中して臨むことです。うまくいけば本当に、あなたの人生は変わるよ。
 家族も友だちも、……山本も、あなたを応援しています。
 悔いの残らないように、全力投球してきてください。いい結果を待っています。(2010/11/17)


通信の一覧に戻る

最初に戻る

inserted by FC2 system inserted by FC2 system