覚えては、いけない


 高校生に勉強を教えていると、時々「公式を覚えて、それで解けばいいんでしょ」と言われることがあります。
 もちろん入試では公式を覚えて使わないといけないのですが、数学や理科の公式を、意味や理由もわからずにただ丸暗記して使うというのは、勉強の仕方としてはよくありません。
 数学は「理屈の学問」です。誰でも納得できる当たり前の事実(公理と言います)から出発して、そこから理屈でわかること(定理)をどんどん広げていく、というのが数学のやり方です。理屈さえわかっていれば、みんなだって新しい定理や公式をつくれます。結果だけ覚えてそれでOKというのは、もったいない気がします。
 以前中学生を教えていた時、ある中3の子が「2次関数のこういう図→がよく出てくるけど、この三角形の面積を公式で表せませんか」と聞いてきました。できるだろう、やってみたら?と答えると、授業中にうんうんうなっていましたが、みんなが他の問題を解いている最中に大声で「できた!」と言って答を見せてくれました(答は裏。みんなはできますか?)。美しい! 彼は自分でつくった公式に感動していました。山本も見たことのないこの公式をつくったことを、おそらく彼は一生忘れないだろうし、それが数学を勉強していく中で大きな自信になったと思います。
 2次方程式の解の公式はみんな知っているでしょうが、この公式がどうやってできるのか、平方完成を使ってちゃんと導けますか。この公式がどうやってできるかわかっていないと、大学で3次方程式や4次方程式を解く時に「公式をつくってみなさい」と言われても、手も足も出ません。今度は下のような解の公式を「丸暗記」しなければならなくなります。
 こんな凄まじい公式だって、理屈さえわかっていれば高校生 でもつくれるので す。実際に入試問 題で、ヒントつきで3次方程式の解の公式をつくらせ、それを使って(因数分解せずに)3次方程式を解くという問題も出ています。
 そもそも意味もわからずに何かを覚えるのはつまらないし、忘れやすいので何回も練習しないといけないし、それだけ覚えても他とのつながりがわからないので応用が利きません。どうやって公式ができるのか理屈がわかっていれば、もし式を忘れてしまっても自分でつくることができます。
 数Bの数列は覚える公式が多くて大変なところですが、ほとんどの公式は理屈と"実験"から簡単につくることができます。山本は現役の時、教科書にのっている公式の半分くらいしか覚えていませんでしたが、全く困りませんでした。むしろ公式よりも公式の導き方の方が入試でもはるかに大切で、どちらかといえば公式自体より公式のつくり方を覚えた方がいいくらいです。
 同じことは、理科でも言えます。この間NASA(アメリカ航空宇宙局)が「普通の生物には有毒なヒ素を使って生きているバクテリアを発見した」と発表しました。今までこんな生きものはいなかったので、理屈がわからないと、ただ新しい発見を「丸暗記」するだけになります。もう少し突っ込んで考えられると面白いのです。
 このバクテリアは、地球上のすべての生きものが含んでいるリン(元素記号P)の代わりにヒ素(元素記号As)を持っていました。この2つの元素は周期表では縦に並んでいる15族元素で、手が5本あるなど性質がよく似ています。そうすると「このバクテリアは、体の中でリンの代わりにヒ素を使っているのではないか?」という"理屈"を思いつくでしょう。実際はそんなに単純ではありませんが、そうやって考えていけば、たとえば炭素Cの代わりにケイ素Siを使った(石みたいな?)生きものもどこかにいるかもしれない、というアイディアだって浮かびます。
 英語だって、何もかも覚えるというわけではありません。多くの人が使ってきている言葉には、わかりやすい理屈もたくさん含まれています。単語にしても接頭辞や接尾辞のつけ方を知っておくだけで、随分覚える量が減ります。歴史だって、事件の起こった背景や原因、もっと大きく言えば「歴史の流れ」を理解することで、全体がグッと頭に入りやすくなるのです。
 みんなが今勉強していることがオトナになって全部役に立つとは、言えません。特に、意味や理屈がわからずにただ丸暗記した知識は、忘れてしまえば何の役にも立ちません。でも理屈で何かを考える力は、オトナになってもまちがいなく役に立ちます。三角形の公式をつくった中3の彼は、その公式を忘れてしまっても、理屈で考えて問題を解決する意志と力をきっと持ち続けられるでしょう。みんなにもそうなってほしいです。学校や塾の授業でも「なぜそうなるのか」「それにはどんな意味があるのか」を考えることが、成績を上げるカギになることを覚えておいてください。(2010/12/8)

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