現実を受け入れる


 大学入試もいよいよ大詰め、今週末の国公立大学後期試験で終わりです。3年生は疲れているでしょうが、本当にあと少しです。悔いの残らないように全力投球してほしいです。
 大学入試の倍率は高校入試より高く、2倍をこえるのが普通です。補欠合格を出さないほとんどの国公立では、受かる人より落ちる人の方が多いことになります。テレビでよく合格発表で喜んでいる人を映していますが、たくさんいるはずの落ちている人を無視して、受かって喜んでいる人だけにスポットをあてるのは、仕方がないのでしょうが報道としてはナンダカナアという気がします。
 山本は浪人の経験がないので、浪人生の気持ちは正直なところわかりません。高校で仲のよかった女友だちがいて、卒業して入試が終わってから1回だけデートしたのですが、彼女は浪人して予備校通いになりました。その年の6月、大学に通っていた山本に手紙をくれました。
 「何もかもがそんなに大変でもありませんが、やはりいつも心のどこかにどす黒いものがあります。君にはわからないでしょう。私はこの点で絶対譲れません」
 ……という文章を読んで落ち込んだ記憶があります。彼女は一浪後東大に入り、日本銀行に就職してアメリカでバリバリ働き、山本の数十倍の給料をもらうほどの人になりましたが、浪人の経験が彼女に「なにくそ!」というパワーを与えてくれたのかもしれません。
 みんな試験には合格したいに決まっていますが、失敗することもあります。今回無事合格した人でも、これから生きていく中で何かに失敗することがあるでしょう。完璧に生きていける人間などいないので、誰でもどこかで失敗してくよくよすることがあるはずです。
 自然に湧いてくる感情を我慢することは体にも心にもよくないので、泣きたいときには泣けばいいし、落ち込んだりくよくよしたいときにはそうすればいいと思います。失敗や挫折を経験した人ほど、失敗した他人の気持ちがわかってやさしくなれるので、失敗が悪いことだけというわけでもありません。大学入試はやり直しができるし、本意でない大学に入ってもそこから挽回するチャンスもあります。就職する場合でも、大学での留年は大きなマイナスになりますが、浪人したかどうかはまず問題にされません。体と心が丈夫なままなら、入試で1回くらい失敗したって、実は全然たいしたことはないのです。
 失敗が本当に悪い結果をもたらすとしたら、それは失敗そのもののダメージではなくて、失敗をひきずって立ち直れないこと、または失敗を認めずに現実から逃げることです。自分は失敗したからダメな人間なんだ、何をやってもうまくいくはずがないんだ……と思って諦めてしまうと、できるはずのことができなくなって、動けなくなります。逆に「これは失敗じゃないんだ、何かのまちがいだ、自分は成功するはずなんだ」という思い込みにとらわれても、失敗している現実が変わるわけではないので、きちんと前に進むことができなくなります。このどちらかにとらわれて納得いく結果が出せなくなってしまう人は、子どもでもオトナでも意外にたくさん(おそらくみんなのまわりにも)います。山本もそういう生徒を何人も見てきました。
 この2つに共通しているのは、現実をありのままに受け入れられないということです。80点とりたかったテストで40点だったとき、「40点だから0点と同じだ、もう全部ダメだ」と考えても、「本当は80点とる力があるんだ、40点は何かのまちがいだ」と考えてもうまくいきません。必要なのは 40点という現実を自分の気持ちと関係なしに受け入れ、自分はなぜ40点なのか、どうやったら80点とれるのかを考えて行動(勉強)することです。テストの点が悪いからといって殺されるわけではないので、心配しすぎることはありません。逆に現実の点数を無視して自分を安心させようとしても、点数が上がることはありません。そういう色々な気持ちを無理やり押さえ込むのではなく、気持ちは気持ちとして放っておいて、それとは別にするべきことを冷静に考えて行動できるようにもっていければいいのです。難しいことを書いているようですが、たいていの人は多かれ少なかれ自然にそうしているし、どんな分野でも成功している人は、「気持ちと関係なくするべきことをする」ための強い力を持っています。誰だってそうできるはずなのです。
 勉強で言えば、解けない問題が解けるようにするにはどうすればいいのか、徹底的に考えてやってみることです。数学や理科では、公式を機械的に覚えているだけでは応用問題には太刀打ちできないので、どこかで点数が上がらなくなります。なぜこういう公式ができているのか、公式の間にどういうつながりがあるのか、なぜこの問題に対してはこの解き方になるのか、1つ1つ納得していく必要があります。面倒だし、だからなかなかやる人がいないのですが、どんな問題にも対応できる本物の力をつけるには結局それしかないのです。死ぬほどがむしゃらにやる必要はありません。やらなければいけないことを見つけてサボらずに埋めていけるかどうかです。1つの単元でも本当に納得できるところができれば、自信もつくし勉強が面白くなってくるので、そこから突破口が見えてくることもあるでしょう。大学入試に限らず、一生自分を助けてくれるような本物の勉強をしていきたいのなら、必要な暗記はするにしても、暗記だけに頼らないことです。
 先に書いた思い込みというのは、勉強や入試に限りません。自分は男だから女よりいばっていいという考えも、自分は○○高校だから他の高校の人より優秀だという考えも、日本人が他の国の人よりすぐれているという考えも、実際の人間がどうなのかという現実を無視した、根拠のない考えです。アインシュタインが書いているように、みんなが常識だと思っていることのいくつかは、実は本当にそうかどうかわからない偏見なのです。そういう偏見が世の中の一部で通用してしまっていることも事実ですが、現実を無視した考えにとらわれていると、長い目で見ればまちがいなく大きな失敗をするし、偏見にこだわっているうちは失敗から立ち直れません。みんなにはそうなってほしくないのです。
 実は山本も小さいときから、ある思い込みにとらわれていて、そのために仕事や人間関係がうまくできなくて苦しんでいます。医者にも通っています。みんなにこんなえらそうな文章を書く資格はないのかもしれないけど、山本と同じ失敗をすることだけは避けてほしいので、やっぱりこんなふうに書いてしまいました。あと3週間、授業もがんばります。(2011/3/9)


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