放射能について


 あの大地震から1年になろうとしています。
 福岡から見ると東北は遠いし、今でも地震の被害で苦しんでいる人が大勢いることも、みんなにはピンとこないかもしれません。福島第一原発の事故のことも忘れている人もいるでしょうが、この事故の影響はこれから何十年も続くと言われています。みんなに関係ないことではありません。
高校までの勉強では、原子力発電の仕組みについてきちんと学ぶことはほとんどありません。難しいかもしれませんが、ここでは原子力発電について説明してみましょう。
 原子はまん中にある原子核と、その回りにある電子からできています。原子核は+の電気を持つ陽子と、電気を持たない中性子からできています。陽子の数は酸素原子は8個、鉄原子は 26個というように、原子の種類によって決まっています。
 ところでものを燃やすと熱が出ますが、これは原子と原子の結びつき方が変わるからです。水素を燃やすと酸素と結びついて水ができ、その時に音や熱が出ますが(2H2+O2→2H2O)、これは最初の水素分子や酸素分子の持っている結合エネルギーの方が、水分子の持っている結合エネルギーより大きいために、減った分のエネルギーが熱として外に出されるのです(ゴムをピンと伸ばして弾性エネルギーを大きくしてからから手を放すと音が出るのと同じ)。
 原子核の中の陽子や中性子は普通は離れませんが、それは陽子や中性子が非常に強い力で互いに引き合っているからです。つまり力がかかっているという意味では「ピンと張ったゴム」と同じです。ですからなんとかしてこの陽子や中性子の結合をはずせば(=ゴムから手を放せば)、水素を燃やすよりはるかに大きいエネルギーが出るはずです。つまり原子核をこわせば、熱が出るのです。
原子力発電では核燃料として、主にウランという金属を使います。この原子は原子核が非常に大きく、不安定でこわれやすくなっています。そこでウランをギュウギュウ詰めにして(濃縮して)おくと、原子核が自然に壊れて中性子を出します。中性子は他の原子核にあたってこわし、そこからまた中性子が出ます。その繰り返しでどんどんウランの原子核が壊れて別の原子になっていき(核分裂連鎖反応)、その時に大量の熱と放射線が出ます。原子力発電はこの熱を利用して水を沸騰させ、水蒸気が噴き出す力を利用して発電機(タービン)を回し、電気を作っているのです。
 放射線には原子核のこわれた破片(α線)や高速の電子(β線)、また光の仲間である電磁波(γ線)があり、中性子を含めていずれも他の原子や分子をこわしたりするので、生きものには有害です。このような放射線を出す物質、あるいは出てくる放射線の強さを「放射能」と呼んでいます。原爆や水爆などの核兵器はこの連鎖反応を瞬間的に起こし、大量の熱と放射能をまき散らします。
 ウランは原子炉の中で中性子にあたってこわれ、別の原子(核分裂生成物)になっていきます。ニュースでよく聞くヨウ素とかセシウムとかもそれです。ウランだけでなく、ヨウ素もセシウムもそれ自身が放射線を出すので危険です。 このように放射線を出す危険な物質は、普段は外にもれないように、圧力容器や格納容器で封じ込められています(右図)。しかし去年の地震では外部からの電源が津波でつぶされ、外から水を入れてウランを冷やして核反応を止めることができなくなり、核燃料の温度がどんどん上がって容器を溶かし、核燃料が圧力容器の下に落ちてしまい、完全に冷やすことができなくなっています(メルトスルー)。また容器中の水が水素と酸素に分解され、発生した水素が高温のために爆発して格納容器が吹き飛び、大量の放射能がまき散らされ、東京や大阪でも放射能が観測されました。
今までは「大地震が起きても原子炉はこわれないから大丈夫」と言われてきました。今回も、地震の揺れだけなら致命的な事故は起きなかったかもしれないのですが、外の電源がこわれたため《想定外》の事故になってしまいました。津波が来る可能性は十分ある場所だったのに……そこまで想定(想像)できなかったというのは、どういうことだったのでしょうか。
 教科書の内容を理解して覚えるだけの勉強では、教科書に書いていないことを想定することはできません。もちろんみんなの勉強とオトナの勉強は違いますが、もしかしたら原子力発電所の技術者も「本にはそんなことは書いてないから大丈夫だろう」って思っていたかもしれません。しかし問題は本や誰かの意見ではなく「現実」です。みんなだってオトナになって実際の問題に立ち向かうときが来るでしょうが、本や人の意見だけに頼るのではなく、事実をよく見てそこからじっくり考えて、自分がどうするか決める力を身につけてほしいです。
 放射能が他の毒と比べてやっかいなのは、放射線を出さないようにすることができないことと、物質によっては非常に長い期間放射線を出し続けることです。
 放射性物質は、熱しても冷やしても他の物質と反応させても、放射線を出し続けます。多くの毒物のように、化学反応によって無毒化することができません。
 体の外から来る放射線は鉛などでさえぎることもできますが、放射能を含むものを食べたりすると体の中に放射能が入ってしまい、体内で放射線を浴びることになります(内部被爆)。たとえばヨウ素は甲状腺という場所にたまりやすく、特に子どもが原発から出た放射性ヨウ素を体に取り入れてしまうと、甲状腺ガンなどにかかりやすくなります。
 放射能から出る放射線の強さは、指数関数(習ったよね?)にしたがって減少します。半減期というのは、物質から出る放射線の強さが半分になるまでの時間のことです。ヨウ素は半減期が8日で、8日たつと放射線の強さが2分の1になるので、16日だと4分の1、80日たてば2の10乗分の1(約1000分の1)になります。事故の時に出たヨウ素からは、もう放射線は出ていないと言っていいでしょう。しかしセシウムだと半減期は30年、プルトニウムだと2万5千年(!)なので、ヨウ素とは比べものにならないほど長い期間にわたって放射線を出し続けます。その間ずっと放射線を避けるために、その物質を取り除くか、放射線を遮るしかけをつくるか、逃げるかしなければなりません。広い範囲に放射能が広がってしまった今、放射線の被害を防ぐ作業には大変な時間とお金がかかります。おそらくその負担は将来みんなにかかるでしょう。
 事故によってこわれてしまった福島第一原発の原子炉には、まだ大量の放射性物質が残っています。容器を突き破って下の方にたまっていると言われていますが、実際にそれを見た人は誰もいないし、これからどうやって放射性物質を処分していくのかも完全には決まっていません。放っておくわけにもいかないので、これから長い時間をかけて、危険な物質を何とかしていくことになります。この「宿題」もみんなの世代に託されることになるでしょう。

 前回説明した放射線は、レントゲン撮影や製品の非破壊検査(つくったものの内部を調べる)、また植物に突然変異を起こして新しい品種をつくるなど、役に立っている面もありますが、原発事故のようにたくさんの人に被害を及ぼすこともあります。放射線は細胞の遺伝子を傷つけ、細胞をこわしたり分裂できなくしたりガン化したりするので、すべての生きものに対して有害です。
 放射線(放射能)の人への影響には、急性のものと晩発性のものがあります。一度に大量の放射線を浴びると、数週間の間に全身に急性症状が現れ、場合によっては死にます。1999年の東海村の臨界事故で、数Sv(シーベルト)の放射線を浴びた人は、全身にやけどを負い内臓から出血し、必死の手当のかいなく亡くなりました。このような大量の放射線を浴びることは、原発の現場や核兵器を受けた場合でなければ、まずありません。
 これに対して、少量の放射線でも、遺伝子が傷つくことによって長い間にガンや白血病、白内障や胎児異常が起こるのが晩発性障害です。現在最も問題になっているのは、福島からあちこちに広がった放射性物質によって、このような晩発性障害が起こるのではないかということです。福島の石からつくられたコンクリートから放射能が検出されてニュースになったり、米や粉ミルクから放射能が出て問題になったりするのは、少しずつでも放射線を浴びる(被曝する)ことで、後になってガンなどの病気になることが心配されているからです。
 ガンになる原因は放射能以外にもたくさんあります。一度ガンになってしまったら、それが放射能のせいなのか、他の何かのせいなのかはわかりません。将来放射能の影響でガンになる人が増えたとしても、それを科学的に証明することは難しいのです。
 食物中に放射性物質が含まれていると、それを食べた人は体の中から放射線を浴びることになります(内部被曝)。ヨウ素は甲状腺という器官にたまりやすく、放射性ヨウ素を含んだ食物を食べると、甲状腺ガンなどになることがあります。ヨウ素は半減期が短いので現在はほとんど検出されていませんが、半減期の長い(30年)セシウムはまだ色々なところから検出されています。福岡に住んでいるからといって、放射能と関係ないと言い切れません。

 放射能に関する単位について;ニュースなどで出てきます
 ベクレル(Bq);ある物質がどれだけの放射線を出しているかを表す。正確には、1秒間に崩壊して放射線を出す原子核の数。例えば1秒間に370個の原子核が核分裂しているとき、その放射能は370ベクレルであるという。ウランの放射能を発見したフランスの物理学者アンリ=ベクレルの名前からとった。福島原発の事故では3〜4万テラベクレル(テラは1兆、3万テラベクレルは3京(けい)ベクレル=3,0000,0000,0000,0000ベクレル)の放射能が放出されたと言われている。
 シーベルト(Sv);ある場所で出る放射線が、生きものに対して及ぼす影響(被害)の大きさを表す。ある物質が放射線から受けたエネルギーの大きさを表す単位をグレイ(Gy)というが、生きものの放射線に対する反応は放射線の種類や放射線を浴びた体の部位によって異なるため、グレイに修正係数をかけてシーベルトを計算する。ロシアの科学者ロルフ=マキシミリアン=シーベルトにちなむ。福島原発での作業員の最大被曝量は678mSv(=0.678Sv、mはミリで千分の1)レントゲン写真1回の放射線は0.05mSv、太宰府でのここ100日間の最大放射線量は1時間あたり0.08μSv(μは100万分の1なので、0.08μSv=0.00000008Sv=0.00008mSv)

 ごくわずかな(微量の)放射線なら浴びても大丈夫なのかどうかは、まだよくわかっていません。「もともと自然界にも少しは放射線があるのだから、ある程度以下の放射線は浴びても大丈夫」と言う人もいるし、「どんなに少なくても、浴びた分だけガンになる確率は大きくなるので、安全ではない」と言う人もいます。逆に「微量の放射線なら浴びた方が体にいい」という説(ホルミシス説)もあります。みんながどう考えて暮らしていけばいいのか、今はまだ山本にもいいアドバイスができません。どれが正しいか科学的に証明されていないとしたら、自分がどうするかは自分で考えて決めるしかないのです。食品などの放射能規制値も決まっていますが、規制値以下なら絶対安全だと考えるかどうかも、みんな次第です。誰かの言うことを鵜呑みにして、あとで「こんなはずじゃなかった……」と思っても、手遅れです。勉強ってそういうためにも必要なんだよ。
これから(多分)親になるみんなには、細胞分裂が盛んな胎児や小さい子どもには、遺伝子を傷つける放射能の影響が特に大きいことだけは、知っておいてほしいです。

 福島では地震で多くのがれきが出て、がれきを処分するのに他の府県の協力を求めていますが、放射能の汚染を恐れてなかなかがれきを受け入れる自治体がありません(現在東京・青森・山形のみ)。自分たちの住んでいる場所が安全なら本当にそれだけでいいのか、検査をきちんとした上で危険を「分かち合う」べきではないのか、という意見もあります。しかし現実として小さい子どもを持っている人からすれば、そんなことはとんでもないと思えるかもしれません。福岡の人たちがどういう決断をくだすか、もうすぐオトナになるみんなにとっても他人事ではありません。
 原発事故の影響で、今は日本のほとんどの原子力発電所(九州では佐賀県の玄海と鹿児島県の川内)が止まっています。事故が起こるまで、電力の約3分の1は原子力でつくられていました。それが止まっている今は、火力などの発電量を増やして補っています。風力発電や地熱発電など、今まであまりあてにされていなかった?自然エネルギーにも脚光があたっています。山本の友人で、自分の家の太陽光発電でつくった電気を電力会社に売って「電気でもうけて」いる人もいます。
 しかしこれからずっと原子力抜きで電気の供給をうまくやっていけるかどうか、はっきりわかっていません。電気が十分使えないと工場が海外に移転して景気が悪くなると言う人もいます。野田総理も「景気がどうなるかわからないし、原発の再稼働を進めたい」と言っています。
 佐賀の玄海原発は、福岡から50q離れた場所にあります。もし福島と同じような事故が起きたら、福岡にも大きな影響があるでしょう。チェルノブイリ原発事故のように、原子炉内の燃料が吹き飛ぶ最悪の事態になったら、みんなが生きていられる保証もありません。
 もともと原子炉は40年たったら廃炉にする予定だったのですが、もうすぐ40年たつのに新しい原子炉をつくるメドがたたないので。「今の原子炉の運転をあと20年延長しよう」という話もあります。その分だけ事故の危険は大きくなります。もちろん事故が起こらないようにたくさんのチェックや工夫がされていますが、人間のすることに完全がないことは、福島の事故で何度も「想定外」という言葉が使われたことからも明らかです。
 もうひとつ考えてほしいのは、アメリカなどのウラン鉱山で放射能を浴びながら核燃料を掘り出している人や、原子力発電所の現場で被曝しながら働いている人たちのことです。爆発した福島原発の後処理をしている人たちも含めて、こういう人たちが放射能を浴びながら働かないと動かないのが、今の原子力発電所です。いいルポルタージュも出ているので、いつかぜひそういう人たちのことを学んでほしいです。
 原子力発電所の問題は簡単ではありませんが、みんなや、みんなの子どもたちに関わる重大なことなのはまちがいありません。自分が考えてもどうせ何にもならない……ってあきらめてほしくはありません。原子力発電所の問題に限らず、自分がどう考えるか、どうなっていってほしいと思うか、ひとりひとりが真剣に考え自分のできることをやっていくのが、この世の中をよくしていく唯一の方法だと思います。みんながそのために、もっともっと賢くなってほしいと思っていますよ。(2012/2/13〜3/5)



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