ホタルの思い出

 大学の4回生の6月、そろそろ卒業研究のテーマを考えなければ……という頃、研究室の先生から呼び出しがかかりました。「ゲンジボタルの調査をやってみないか?」
 京都の清滝川(嵐山の北)の3qほどに沿ってゲンジボタルがすんでいるのですが、上流の区域だけが天然記念物指定になっていて、上流では捕れないホタルが下流ではとってもよい、というヘンなことになっていました。そこで下流側も天然記念物指定にするために、どのくらいの数がいるか調査しようということになったのです。
 先輩と先生に連れられて来るまで調査場所に行きました。昼間なら街から近いハイキングコースというところが、夜9時に歩くとなかなかコワイ道になります。頭にはヘルメットとヘッドランプ、川に入るのでつりようの胴長をはいて、リュックを背負って歩きながらホタルの光の数を目測で数える。上流側から川沿いの道を2時間半かかって歩き、夜中の12時から逆に上流に向かって主に川の中を歩きながら産卵場所を探します。成虫の数を数えるだけではもったいないので、メスの産卵場所の調査も目的にしていました。
 それからだいたい1日おきに現場に通いました。京都の町中からの最終バスに乗って現場に行き、夜中の3時まで調査をして、河原でラジオを聞きながら仮眠し、始発のバスに乗って帰る日々が1ヶ月続きました。遭難したときのために? 友人に付き添いを頼みましたが、都合がつかないときは1人で行きます。夜中の山中の1人歩きはさすがにこわくて、ラジオを目一杯大きな音にしながら歩いていました。道にタヌキが飛び出して鉢合わせして、人もタヌキもビックリして逃げ出したり、突然雷雨に襲われてラジオの入ったリュックを放り出して逃げ出したり、山沿いの道で転げ落ちたり、ホタルの産卵場所のサクラの木に登って落ちかけたり…… 今やれと言われても絶対できない、体力勝負の調査でした。こんな体験は学生時代しかできませんね、ホント。

 ゲンジボタルはオスの方がメスより光が強く、慣れると遠くからでも区別できます。夜の早い時間には主にオスが上流に向かってメスを探しながら飛び、夜中の12時過ぎあたりからメスが産卵場所を探して飛ぶのがだいたいのパターンです。ホタルは人口の光を嫌うので、旅館などの近くではあまりたくさん見えません。人里離れた山の中の、ちょっと曇った夜中くらいが一番たくさん見えます。100匹近くのホタルが自分の方に向かって飛んでくるのは、言葉では表現できない「絶景」です。
 産卵は夜中過ぎの2〜3時、川に張り出した木や岩に10〜20匹のメスが集まって、コケの上に1匹あたり100個くらいの卵を産みます。コケは日当たりの悪いところに生えるので乾燥しにくく、卵がかえりやすいのでしょう。卵からかえった幼虫はそのまま川に落ち、川の中のカワニナを食べて育ちます。そして次の年の春になると成長した幼虫は川から上がり、川岸に穴を掘ってもぐりさなぎになり、数週間後に穴から出て成虫になります。成虫はものを食べる力がなく、せいぜい1週間しか生きられません。
 "ホタルはきれいな川にすむ"といいますが、川がきれいであるだけではホタルは生きていけません。エサになるカワニナがいること(カワニナのエサになるソウ類がいること)、穴を掘ってさなぎになれるような川岸があること、川の上に張り出した木など卵を産める場所があることなど、野生のゲンジボタルが生きていくためには色々な条件が必要になります。

 卒業研究のテーマは「ゲンジボタルがどこにどれくらいいたか」「メスはどんなところに産卵するか」でしたが、産卵場所の調査があまりうまくいかなかったので、もう1つ「卵からかえった幼虫は川に落ちてからどうなるのか」についても実験で調べてみることにしました。
 かえったばかりの1ミリくらいの幼虫を水そうの水の上に落とすと、幼虫は表面張力で浮かびます。水そうの水を流していくと、ある速さになったところで幼虫は水面から離れ、底に沈んでいきます。(かわいそうな幼虫……)この実験から実際の野外でのようすがわかります。卵からかえった幼虫は川の上に落ち、しばらくそのまま水面を流れていきますが、流れの速い場所(瀬)で水面から離れ沈んでいきます。瀬はせいぜい百メートルに1カ所くらいはあるので、幼虫はそれほど遠くまで行くことはないだろう、という結論を出しました。
 そんなこんなで6月から8月まで野外調査と実験でホタルとつきあいました。9月からはデータのとりまとめ。慣れないパソコンを使いながら結果をまとめ、2月の生態学ゼミで発表しました。ゼミでは教授や大学院生が待ちかまえていて、質問やら意見やらが山盛り出ました。「どういう目的でこういう調査をしたのか?」「この結果からこういう結論は出せないのではないか?」「このことを調べるのなら○○の本を読むべきではなかったか?」いじめられているような気分になりましたが、最後に「まあ4回生だからこんなもんだろう。体だけはよく使ったし」と言われて終わり。やれやれ。まあこういう卒業研究もありかな。

 最近うちの近所で「近くの川のホタルを放して見よう」という企画がありました。ホタルはキレイだと思うけど、短い寿命の成虫をとってきて見るのには賛成できません。生きものはもともとすんでいる場所で見るのが一番いいと思いますよ。
 みんなのすんでいるところでもホタル(ヘイケかな?)がいるそうですが、キレイだからといってつかまえないで「そこにいるホタルの美しさ」を味わってほしいです。覚えておいてください。(1997/7/12、2004/5/4補筆)


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