勉強する理由


 「この薬を飲むとやせます」というコマーシャルがあります。
 読むと色々な理屈が書いてあって、経験者の「私はこれで○○kgやせました!」という写真が載っていたりします。そういう広告を見ると、もしかしたらこれで本当にやせるのかもしれないと思ってしまいますね。
 この広告がどのくらい確かなのか、信用していいのか、どうしたらわかるのでしょうか。
 中2で習う『質量保存の法則』というのがあります。どんな反応が起こっても、反応の前後で質量(重さ)の合計は変わらない、というものです。要するに、体重50kgの人が2kgの水を飲めば、必ず52kgになるのです。この法則を薬で変えることはできません。
 もし体重を減らそうとしたら、@食べる量を減らす、A体から出す量を増やす=尿や便や汗の量を増やす、B呼吸量を増やす(吸う酸素より吐く二酸化炭素の方が重いので、たくさん呼吸するほど体から出る量が増える)、のどれかしかありません。このどれにもつながらない薬は、理屈から言えば効かないことになります。体に不自然な負担をかける薬は、体重が落ちても病気の元になったりします。
 コマーシャルを読む時、そういう頭で読むと、ある程度本当かどうかわかってきます。

 もう少し違う例を。
 名古屋の「藤前干潟」というところを埋め立ててゴミ処分場にする計画が、今年の春中止になりました。
 干潟というのは、一見するとただ泥がたまっているだけの場所で、なぜここにたくさんの渡り鳥が来るのか、昔はよくわからなかったのです。鳥だけのことを考えるなら、別の場所に鳥の休む場所を作ればよい、と考えるかもしれません。
 ところが地元の人の調査で、干潟の泥の深いところには、ゴカイやアナジャコなど予想以上にたくさんの生きものが住んでいて、それらの生きものが水の中の汚れを食べ、水をきれいにしていることがわかりました。干潟は鳥のためだけでなく、海の生きもの全体のために、ひいては人間のためにも役に立つことが明らかになりました。だから計画は中止になったのです。(藤前干潟についてはここを参照)
 この干潟の生きものを調べていた高校の先生と、去年の夏研究会で話をしました。彼は泥の中のアナジャコを調べようとして、ダイビングの格好で泥の中へ潜ったりしたそうです(想像してみてください)。しんどくないですか? と聞いたら「ぼくはこういうのは好きなんですよ」と言っていました。これも"勉強"の1つですね。勉強が必要なのはオトナも子どもも同じです。

 みんなは何のために理科を勉強しているのでしょうか。
 「テストのため」というのもあるでしょうが、もちろんそれだけではありません。みんなが勉強していることは、自分のみを守ったり、自然を守るために必要なことを含んでいるのです。
 みんなの食べるものの中に入っている添加物や着色料がどういう物質で、体にどんな影響があるのか。ダイオキシンをださないようにするには、どういうゴミを出さない方がいいのか。飛行機の騒音を小さくするにはどうすればよいのか。……すべて理科の知識が必要です。
 そんなことは専門家に任せればよい、と思うかもしれません。でも、みんなにとって必要なことをいつでも誰かが教えてくれるわけではありません。残念ですが「自然や体によくなくても売れるものなら売ってやろう」という考えも世の中にはあります。自分の身は自分で守らなければならないし、地球の将来もみんなが考えなければなりません。
 理科ではないけれど、前回書いた「戦争を防ぐ方法」も、みんなが他の国の人と力を合わせて考え出してほしいことです。
 普段の授業でそういう話にまで持っていけないのは、山本の力不足もあるし、時間がないこともあります(言い訳)。でもみんながこれから生きていく中で、理科の知識や考え方が役に立つことは(その時に気がつけば)必ずあります。
 ちょっと大げさかもしれないけど、自分や仲間の体とこの世界を守るために、理屈で考える力と知識を身につけておいてほしいと思います。山本の授業がほんのちょっとだけでもそういう力になれたらいいな、と思っています。(1999/5/18)


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