遠き同志への手紙〜親の重み〜


 K先生
 お元気ですか。赤ちゃんの具合はどうでしょうか。
 山本があの学校をやめてから、もう丸4年になります。学校にいた時は本当にお世話になりました。同期として、同じ理科教師として、一緒に働いてこられたあの2年間は、山本にとって忘れられない時間です。ありがとうございます。
 あのとき担任した中1の子も今は高3、もうすぐ卒業ですね。でもまさかその前にあなたがお母さんになってしまうとは思っていませんでした。
 しばらくは家の中で退屈かもしれませんが、仕事を離れてゆっくりする機会もそうそうないことだし、焦らないで子どもさんと楽しい時間をつくってほしいです。

 でも山本は素直に、お子さん誕生おめでとう、とは言えません。
 今の世の中でまっとうに子どもを育てていくのがどれほど大変か思えば、おめでとうではなく「これから大変だけど、一緒にがんばろうね」としか言えません。
 この仕事について10年あまり、色々考えてきて、今はこんなことを考えています;
 子どもの問題はすべてオトナに原因がある。子どもに起こる問題を解決するには、ただオトナが変わればいいだけだ
 いじめとか援助交際とか学力低下とかやる気のなさとか、子どもに言われていることすべての原因はオトナにあるので、子どもを責める前にオトナが反省するべきではないかと思うのです。
 仲間同士で助け合うことを実践できないオトナが、いじめを防ぐことができるでしょうか。
 学ぶことの楽しさを実感できないオトナが、子どもに勉強を教えていいのでしょうか。
 自分で仕事の意味を考えず、言われた通りのことしかしないオトナが、子どもに「考える力」を教えられるのでしょうか。
 お金儲けのために自然を壊しているオトナが、子どもに「自然を大切にしよう」と言ってもいいのでしょうか。
 人と競うことの価値が大きく目に見える世界の中で、本当の友情を教えることができるのでしょうか。
 理由の説明できない校則を強制するオトナが「日本は民主主義の国だ」と言って、子どもが納得するのでしょうか。
 人をバカにした言葉を乱発するテレビ番組をつくるオトナが、人間の大切さを教えることができるのでしょうか。
 軍隊を持たない・戦争をしないという憲法を持ちながら、他国の戦争に協力するという法律を通してしまうオトナの言うことを、子どもがまじめに聞く気になるでしょうか。
 かつて山本が小学生だった頃、まだ家のまわりには空き地も山もあり、学校が終わればずっとそこで遊んでいました。ケンカもしたしケガもしたけど、友だちとのつきあい方とか、自分たちで遊び方を考える力とか、学校では教えてくれないことを学びました。20年以上たった今、ほとんどの子どもにとって、そういう自由な時間や空間はオトナにとられています。家の前の道は自動車が走り回り、自由な時間も塾や習い事(=オトナの金儲け)にとられています。子どもがファミコンばかりすると嘆くお母さんを見ますが、ファミコンを作ったのもファミコンより面白い世界を見せられないのもオトナの責任です。自然破壊と同じように、子どもの自由な世界を破壊したのもすべてオトナのせいだと思います。
 もちろんすべてのオトナが心ないわけではないでしょう。でも、今の世の中が子どもにとって生きにくい部分を持っているとしたら、その責任はすべてのオトナにあります(「民主主義」なのだから)。そういう世の中を変える努力をしなければ、共犯者と言われても仕方ありません。
 今の学校も塾も、子どもの可能性をつぶしている部分を持っていると思います。山本にできるのは、自分がしていることが子どもにプラスになっていないかもしれないことを認め、子どもの苦しみを受け止めた上で、子どものためになることを探して努力することくらいです。自分は正しいんだ、と思い込むのは避けなければ……と思います。

 山本には、親になる自信がありません。自分が母親の記憶を持たないこともありますが、こういう世の中を本気で変えていく、自分の子どものために戦うだけの勇気がないからかもしれません。
 親になることは「子どもが幸せになる世の中をつくる、そのたたかいの主役になる」という意味にとれます。もちろん教師もその場にいて戦わなければなりませんが、教師にできることなど知れたものです。子どもの遊び場をつくることも、子どもにとって安全な食べ物を手に入れることも、親が主体とならなければできません。大変な作業だと思うのです。
 でも、だからこそ(エラそうですが)、これからのあなたには大きな可能性があるのだと思います。母親として教師として、あなたが生徒に見せられるものはたくさんあるでしょう。今までよりもっと、生徒のことをわかるようになるでしょう。生徒のために本当にするべきことが何か、より深くわかるようになるでしょう。今の世の中で健康に生きていくために「理科」がどれだけ大切か、もっと生徒に訴えていけるようになるでしょう。
 だから今年は安心して、母親業に専念してほしいです。

 あなたがうらやましいような気もしますが、山本は山本なりにやっていくしかありません。マンネリにならず、自分自身が学ぶことを忘れないように、少しずつでも進歩していきたいです(こういう場所に書けばサボるわけにもいかないだろうし……)。
 どんなことがあっても、あなたとは仲間でいたいです。働く場所が違っても、いい教師になりたいという思いが共有できれば、きっと"同志"でいられると信じています。
 お互いグチもこぼしながら、のんびり前向きにいきましょう。
 体に気をつけて、お元気で。(1999/5/25)


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