トキの子、ネコの子、ヒトの子


 山本の家のまわりにはノラネコがたくさんいます。よく縁側に座っている大きなミケネコは、エサほしそうな顔をして、いつも逃げずにじっと山本を見ています。
 ある日の夕方 妻が、庭先で生まれたばかりの子ネコを見つけました。まだへその緒がついていて目が見えず、そのままではすぐ死んでしまいそうでした。妻はネコ用のミルクとほ乳びんを買ってきてとりあえずミルクを飲ませたのですが、その後どうしたらいいか困ってしまいました。事情があって家では飼えません。放っておけば死ぬだけです。結局ミルクを飲める状態にして、タオルに来るんで箱に入れて河川敷に置いてきたそうです。
 山本は夜遅く塾から帰ってきて、この話を聞きました。みんなだったらどうしますか?

 多分この子ネコは、イタチに食べられるか飢え死にしたかでしょう。
 山本は、かわいそうだけど、この子ネコが死ぬのは仕方ないと思います。
 生まれたばかりのネコがほったらかしになっているというのは、親が守りきれなかったということです。それが人間のせいでなければ、子ネコが死ぬのは「自然の流れ」です。無理に生かしていくのは、イタチのエサを減らしイタチの命を脅かすことにもなります。
 この子ネコが死んでも、また新しい子ネコが生まれるでしょう。家のまわりがネコにとって生活できる場所であり続ければ、ネコがいなくなることはないでしょう。
 生きものが生きていくというのは、1匹だけのことではありません。ある程度の数が生きていけるだけの住み場所やエサがなければ、いつか滅びてしまいます。長い目で見たとき、1匹1匹の命も大切ですが、その生きものが生きていける環境を守っていくことの方が意味がある場合も多いのです。
 これは、最近話題のトキのことを考えるとわかります。
 元々日本にはたくさんトキがいましたが、今は1匹しか残っていません。そこで中国からオスとメスを借りてきて、新しいトキの子をつくったわけです。
 でもこのトキの子が巣立っても、生きていける場所は今の日本にはありません。エサであるドジョウは農薬などのために絶滅しかかっています。飲み水も汚れています。
 今の2匹の親だけでは、何匹子どもをつくっても全部兄弟になります。兄弟どうしで子どもをつくることはできないので、もっとたくさんの親を中国から借りてくるしかありません。
 中国のトキも一時絶滅しかかっていたのですが、中国の人の懸命の努力で、ようやく数が増え始めたところです。そんなときに「日本にもっとたくさん貸してくれ」と言うのは、ゼイタクだし虫がいいというものです。このままいけば、親子とも中国に返すということにもなりかねません。
 一番大切なことは、生まれてきたトキの子どもの名前に頭をひねることなどではなく、トキが生きていけるような自然が戻るように努力することです。そうでなければ「トキを借りてくる資格など日本にはない」と言われても仕方がないでしょう。

 さて、同じ動物である「人間の子」の育つ環境はどうでしょうか。
 みんなの飲む水は安全でしょうか。食べ物の中味はどうでしょうか。
 ほ乳類が育つ中で必要な「遊び」の場や時間は十分にあるでしょうか。(動物園のサルをよく見ていると、子ザルが遊びの中からオトナになるのに必要なことを学んでいるのがわかるそうです)
 トキの生きにくい世界が、ヒトにとって健康的と言えるでしょうか。
 トキの問題はヒトの問題でもあります。人間が暮らしやすい世の中をつくっていくためには、しなければならないことがたくさんあります。それはオトナの責任ですが、みんなもいつかオトナになります。そういう頭で理科の勉強にも取り組んでもらえたらいいな……と思います。
 山本もできる範囲で、そういう話をしていきたいと思っています。(1999/7/6)


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