ささやかな超能力


 いよいよ本番が近づいてきました。16日が公立高校の入試です。
 どこを受ける人も、今までの努力の集大成を見せてほしいです。

 今年は定員が減ったこともあって、やや倍率が高めになりそうです。
 この通信を読んでいるみんなの中の何人かは、合格できないかもしれません。
 でも、たとえ失敗に終わっても、目標に向かって全力で努力することは、決してムダにはならないし、これからのあなたたちを支えてくれるはずです。
 そう思ってあと何日かを全力投球していってくれたら……結局それが合格するための一番の心がけなのかもしれません。

 みんなはそれぞれ、志望校に行きたい気持ち、行きたい理由を抱えているでしょう。
 「○○高校に行ってこんなことをしたい」と思えるのは、いいことです。
 でも、その気持ちが本当に正しいのかどうかは、実は誰にもわからないのです。成長していくにつれて自分のしたいことが変わっていくのは、自然なことだからです。
 入試に限らず、"第1志望"がその人にとって本当にいいのかどうかは、ずっと後になってみなければわからないと思います。もしかしたら(人生やり直しなどできないのだから)、死ぬまでわからないのかもしれません。
 山本は今はこうして教師をしていますが、中学生の時には「サハラ砂漠をイモ畑にして食糧危機を救ってやるんだ!」という夢を持っていました。高校生の時には「国立公害研究所(今はもうない)に入って、世の中の公害をなくしてやる!」などと友人に言っていました。
 大学で勉強するうちに「公害をなくすのは職業としてできることではなく、公害が起こらざるを得ない世の中のしくみを変えていくしかない」と考え、仕事にすることをやめました。
 24才の時、大学院をやめて音楽の専門学校に通い、なんとか音楽で食べていけないかと思っていました。自分に音楽の才能がないことに行き詰まりを感じていく中で、塾のバイトの方にのめり込み、働き過ぎで体をこわしました。
 塾に、というより生徒にのめり込む自分がこわくなって、環境分析の会社に就職してサラリーマンになりました。でも山本は、コンピューターや顕微鏡相手の仕事には、どうしてもやりがいを見出せなかったのです。そこで初めて気がつきました;
 「自分には、子どもと一緒にいる才能がある。子どものために働くことに喜びを感じられること、それが自分に与えられた才能なのだ」
 うぬぼれかもしれないし、もちろん十分なものでもないけど、山本には、普通のオトナよりは少しだけ子どもの気持ちがわかる、みんなのために何ができるのかがわかる、そういうささやかな「超能力」があるのです。それはおそらく、小さい時に受けた心の傷と引き替えに自分の中に残された「子どもになれる能力」なのだと思います。そしてそれは、ここまで長い時間をかけて回り道をして見つけられたのです。

 誰にでも、世界でその人にしかない「超能力」があると思います。
 前号で書いたように、山本の妻(「奥さん」は女の人を差別した言い方です)には、おばあちゃんや山本を心から愛して行動する、他の人にはできない「超能力」があります。
 そういう力は簡単に見つかるとは限らないし、一生見つからないかもしれない。ただ見つけただけでは使いものにならないから、その能力を活かすために自分を鍛えなければならない。
 みんなは今を生きながら、同時に自分の「超能力」を探す旅をしているのです。
 勉強は、みんなの才能を探す作業でもあります。でも人間の"超能力"には、「数学ができる」とか「英語が得意だ」などという単純なものは、あまりありません。
 みんなには、自分の才能を見つけ出し、それに自分で名前をつけ、自分自身を鍛えて「超能力」として使えるようにして、その力を活かすための生き方を選び取っていってほしいのです。それが人間にとって一番の幸福だと思うからです。

 第1志望の学校に入ったからといって、それで自分の才能が見つけられるとは限りません。どこに行こうが、自分の中身を見つめて耕すことができればよいのです。行きたくなかった学校に、新しい自分を見つけるきっかけが待っているかもしれません。
 たとえ第1志望の学校に入っても、"文系向き"とか"偏差値のいい大学"とかいう単純なワクに自分を押し込んで、自分の中に隠れている名前のない「超能力」を見失ってしまったら、むしろもったいないとしか言いようがありません。
 そうやって考えていくと、この高校入試は「合格することが目的ではない」ということになります。みんなにしてほしいのは、生きていく中で何度か訪れる"勝負"を経験すること、そしてその中で自分を見つめ、目標を決め、サボりたい心と闘い、自分を鍛えることです。
 受験勉強のすべてが後で役に立つとは限りません。しかし目標を達成するために工夫しながらしんどい思いをくぐり抜けることには、たとえ合格できなかったとしても、充分な価値があるのです。みんなはそのために、ここで勉強してきたのです。キレイゴトに聞こえるでしょうが、逆に言えば、そう考えるのが合格するために最もいい方法でもあるのです。
 今からでも、努力することは間に合います。ぜひ残された時間の中で、全力投球をしてほしいです(最後の数日間の集中力で合格する人も、最後に油断して失敗する人も、毎年けっこういるんですよ。これも人生を歩いていく中での"勝負のコツ"ですよ。ホント)

 山本は、しばらく仕事を休みます。自分の心の傷をカバーする方法を探して、のめり込みすぎずに仕事ができるようになったら、戻ってくるつもりです。時間がかかるかもしれないけど、もう1度生徒の前に立って、今よりもっといい仕事ができるようにするのが、山本を支えてくれたたくさんの人(みんなも、そうですよ)への恩返しだと思っています。
 もし、もう会えることがなくても、あなたたちが自分らしく生きていこうとしている限り、人間としてつながっている、つながっていられることを信じています。
 いつか、……また会えたとき、今と同じいい顔を見せてください。元気でね。(2000/3/6)


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