産みわけと偏差値

 神戸の産婦人科のお医者さんが『受精卵診断』をしていたとして問題になりました。
 受精卵診断とは、お母さんとお父さんから卵と精子を取り出して受精させ、できた受精卵の中の染色体(遺伝子のかたまり)を顕微鏡で調べ、選んだ受精卵をお母さんの体に戻して育て出産する方法です。簡単に言えば『どんな子を産みたいか(ある程度)選ぶ』ということです。日本産婦人科学会では「重い遺伝病のようなケースに限り、学会で審査した上で認可する」としていますが、実際にはまだ認可されたことのない方法です。今回は学会に申請せずに行ったのが特に問題になったわけです。

 受精卵診断を頼んだ患者さん3人のうち1人は「どうしても女の子が産みたい」もう1人は「男の子を産みたい」もう1人は「高齢出産なので、遺伝病の子を避けたい」と言っていたそうです。女の子を産みたいという人はすでに男の子を2人産んでいて、以前3人目を妊娠した時に男の子だったことがわかり、妊娠中絶をしていたそうです。またこれとは別に、お父さんが筋ジストロフィーという病気で、生まれてくる子どもが同じ病気になる可能性が高いので、受精卵診断の申請をしている人もいます。

 こういう問題は、当事者本人とそれ以外の人でずいぶん考え方が違うでしょう。男の子がほしい、病気でない子がほしいという気持ちそのものは、現実がどうであろうと止めることはできません。健康な子どもがほしいと願うのも当たり前のことでしょう。しかし遺伝子に異常のあった受精卵や中絶された男の子の立場から見れば、この作業はとても重大な選択です。

 ある人が病気かそうでないか、と言われれば、病気でない方がいいのかもしれません。しかしある病気を持っている人と持っていない人のどちらが生まれてくるか親が決めるとしたら、生まれてこなかった子にとっては一種の"人殺し"です。

 これは親や医者の問題ではありません。男の子ばかりの兄弟を持った親や、遺伝病を持った子を持った親が不幸になるとしたら、それはそういう人たちを幸福にできない世の中の問題です。

 山本の知り合いで、松兼功という脳性マヒの人が『障害者に迷惑な社会』という本を書いています。体が不自由な人が自由に生きられないのは、体のせいではなくて、世の中がそういう人を受け入れていない(閉め出している)からだ、と書かれています(この本はぜひ読んでほしいです)。

 みんなの通っている学校には、目や耳や体の不自由な人はあまりいないでしょうが、それは体の不自由さのせいではなく、学校にそういう人を受け入れる施設がないためです。もちろん盲学校や聾学校、養護学校などはありますが、そうやって色々な学校に分かれることで、お互いがわかりあい、仲良く助け合っていくことを勉強する機会はなくなっています。

 山本が脳性マヒの人と話していて思うのは、もっと色々な人たちと接する機会があればいいのに……ということです。人間の能力は、人との出会いの中で拓かれるものです。みんなも同じように、色々な人と一緒に学ぶことで賢くなれるはずです。それができない日本の学校が貧しいのです。

 みんなから"ガイジ"という言葉を聞くことがありますが、こういう言い方は失礼なだけではなく、人間のことをわかっていないのです。前にも書きましたが、完璧な人間などこの世にはいませんから、人間はすべて障害者とも言えます。問題はどんな障害を持っているかではありません。色々な人間がどう助け合っていくか、どうやって幸せに生きていくか、その方法を身につけるのが本当の勉強の意味です。そのことがわからずに偏差値だけを見ていると、逆に偏差値によって人間を分けるような、歪んだものの見方になってしまいます。

 もしみんなが「あなたは勉強の偏差値が低そうだから、生まれてこなくていい」と言われたら、どう思いますか。今回の産みわけの問題は、そういう問いかけにもつながることです。みんなにも勉強の本当の意味を考えてみてほしいと思います。(2004/2/8)


 先週の「空振り」

   いよいよ高校入試が始まりました。
   先週の金曜日に奈良県の私立高校の入試があり、
   天理高校を受ける人の門前激励に行きました。
   朝6時に起きるつもりが20分寝坊し、あわてて顔だけ洗って出発。
   京阪〜JR〜近鉄と乗り継いで、なんとか8時過ぎに天理駅に着く。
   試験は9時からだしなんとか間に合うか、と思いながら地図を見て歩いていくと
   ……遠い。長い商店街をどこまで歩いても曲がり角がわからない。
   ふと見ると、自転車に乗った見覚えのある高校生が。なんと以前の教え子でした。
   「天理高校はどこ?」「まだ遠いですよ。駅から歩いて30分くらいです」
   30分!? 間に合わんがな。彼の自転車について走る走る……
   でも5分で「待ってくれー。しんどい」
   結局高校の前に着いたのは8時30分。9時まで門前で待っていましたが待ちぼうけ。
   もう学校に入っていたのです。合格鉛筆も渡し損なって、ガックリしながら帰りました。
   何年もやっていますが、受験生に会えなかったのは初めてです。
   やっぱり早起きは三文の得ですねえ。
 


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